高遠王子の秘密の件は、私だけが知っている
2
○週明け、月曜日の朝。登校シーン
今日も急ぎ足で登校する未来は、通学路でスクールカースト上位の煌びやかな男女を引き連れ歩く高遠を見かける。
未来(王子とそのお仲間は、月曜の朝だというのに今日もキラキラしていらっしゃる……)
休日の緩んだ気持ちが抜けず、まだ頭が良く働かない自分とは大違いだと感心する未来。週末のカフェで彼が告げた『これからも仲よくしてほしい』という言葉をふと思い出して、カフェでのノリのままに高遠らのグループに近づいていく。
未来「おはよー!けーにゃ……」
声をかけようとすると、「なんだコイツ?」といった突き刺すような周囲の視線が未来を襲う。そして高遠までもがジロリとこちらを睨みつけている。
未来「……っと、ちあきぃーー!」
その視線に耐えきれず、咄嗟に未来はその前を歩くクラスメイトの園田ちあきに向かって走っていく。
未来(怖っわー!けーにゃん……いや、王子、怖っ!!)
高遠の冷たい視線に怯んだ未来だったが、『中々大っぴらに可愛いもの好きと言えない』と言っていたことを思い出すと、そういうことか!とある結論を導き出す。
未来(要するに王子との友人関係はあくまでSNS上ってことで……リアルでは引き続き無関係である、ってことね!)
高遠としてもカースト最下層の地味女に突然仲よく話しかけて来られては、周囲への説明が色々と面倒になるのだろう。少々寂しくはあるけれど、彼の立場を思えばわからないものでもないと未来は一人納得する。
未来(オッケーオッケー!了解しましたーっ)
そしてちあきに追いつくと、雑談をしながら校舎の中へと入っていくのだった。
――
場面転換
○教室の中
雑談をする生徒でザワつく教室の中、未来もカバンから教科書等を取り出して始業の準備を行っている。
ちあき「そういやさ、二時間目の英語の宿題やってきた?休日をどう過ごしたのか英語で日記を書けってやつ」
未来「……え?」
ちあきの指摘を受けて、ザッと顔色を悪くする未来。
ちあき「その顔は、忘れてきたみたいね?どうするの?」
未来「……ちあき、丸写しさせてくれない?」
ちあき「えーやだよ。大体同じ事書いたら、どっちがかパクったってバレちゃうでしょうが」
涙目でちあきに縋りつくが、あっさり断られてしまう。それでもなんとか頼むと騒いでいると「朝からギャーギャーうるせえな」と苛立つ声が聞こえてくる。
ハッとして思わず声のした方向を振り返る。声を発したのは高遠を取り巻いている集団の中の、陽キャの男子の一人。そしてその中心にいる高遠もまた、ギリギリと目を吊り上げて未来を見つめている。
未来(ひ、ひぇっ!王子、なんか、怒ってる?!)
そんなにうるさかったのだろうか。顔の良い男の怒りの形相程、恐ろしいものはない。「カースト最下層のくせに大きな声出すな、とか思われてる?」と、思わず未来はぶるりと体を震わせる。
一方顔を強張らせたままの高遠は、ため息をつくと勢いよく席を立つ。そして未来のもとに近づくと「ちょっといいかな?河原さん」と声をかけてきた。
――
場面転換
○人影のない廊下
一体なんだろうと、怯えながら高遠についてきた未来。高遠はくるりと未来の方を振り向くと、「これ」と言って一冊のノートを手渡す。
高遠「……英語の宿題、良かったら写していいよ」
未来「えっ……でも……いいの?」
高遠「うん。俺の日記の内容、河原さん……かっこと行ったカフェのこと書いてあるから。だから、かっこが同じこと書いても大丈夫だと思って」
英語のノートをパラリとめくると付箋が何枚か貼ってある。
高遠「走り書きだから汚いけど、この付箋に書いてあるところだけ直して書いてもらえば丸パクリってはバレない筈だよ」
なんと用意周到なことか。あの短時間で自分の為にわざわざ細工までしてくれたと言うだろうか。感激しつつも未来は疑問を口にする。
未来「ありがとう……!でも私なんかに、いいの?」
高遠「は?『なんか』って何?」
不機嫌そうに更に声が低くなる高遠に、慌てて未来は言い訳をする。
未来「だ、だって私達、秘密の友達でしょ?」
高遠「秘密?」
未来「朝だって、声かけようとしてら『話しかけてくるな』って顔するし、今だって怒ったような顔してるし」
高遠「それは……」
未来に見つめられた高遠は、言葉に詰まり、顔に手をあて明後日の方に視線を送る。強張っていた顔はじわじわと崩れ、徐々に赤みを帯びていく。
高遠「……それは、かっこに学校でも話しかけてもらえて、嬉しいっていうか、照れくさいっていうか……なんか恥ずかしくなってきて。ニヤけないようにって、顔に力を入れてただけっていうか。……ごめん」
未来「え……」
未来(そんな理由で?)
決まり悪そうに呟く高遠が妙に可愛らしく見えてしまい、急にドギマギしてしまう。
未来(……って違う違う!そうじゃなくて!)
未来「えっと……じゃあ、学校で話しかけても大丈夫なの?」
高遠「もちろん」
気を取り直して問い直すと、高遠はまだ少し照れくさいのか口元に手をあてながら頷く。未来はよかったと微笑むが「あれ、でも……」と何かを思い出しで言い淀む。
未来「でもさ、そうなると高遠くんが可愛いもの好きって秘密にしてたのにバレちゃうかもしれないよ?」
高遠「んー。秘密っていうか……まあ、それは別に気にしなくていいよ」
未来「そうなの?」
ならいいのか?と、教室に戻ろうと未来は後ろを振り返る。すると目に飛び込んできたのは、遠巻に何事かとこちらの様子を伺うクラスメイトの人の山。今迄経験したことのないような興味、羨望、嫉妬と様々な視線に晒されて、未来はパニックに陥ってしまう。
未来(王子と親しくなるっていうのは、こういうことなのか!!)
焦った表情で高遠に振り向き直る。
未来「けーにゃん……いや、高遠くん!」
高遠「ん?」
未来「や、やっぱり、さっきの話は無しで!」
高遠「は?」
未来「が、学校では……今迄通りの無関係って方向でお願いします!」
高遠「はあっ?!」
未来「ノートは有り難く借りるけど……。じゃそういう事で!!」
突然の心変わりの発言に呆気に取られる高遠を残し、ノートを受け取った未来は脱兎の如く教室へと帰って行くのだった。
――
場面転換
○最後の授業が終わり、皆が帰った後の教室。
一人残った未来は席に座ってスマホの画面を睨むように見つめながら考え事をしている。
未来(今朝のあの態度は、流石にナシだよね……)
(周囲へは「宿題を忘れたのを哀れんだ高遠が、何故かノートを貸してくれた」と説明し、無理矢理納得させていた。ノートは一時間目の授業中に書き写し、その後お礼の挨拶もそこそこに高遠へ返却していた)
はあ、と項垂れて反省すると、再度スマホの画面に向かいメッセージを打ち込み始める。
―スマホ画面―
未来『朝はごめん!ノート貸してくれて本当に助かったよ!神!!』
未来『せめて何かお詫びとお礼をしたいんだけど、何かして欲しいこととかある?』
メッセージの最後にはフワねこたんの「ごめんね」イラストを選んで貼り付ける。
未来(送信――っと!)
――
場面転換
○帰宅途中の通学路
取り巻きらと帰る途中の高遠。賑やかに会話が交わされる中、一人淡々とした表情で歩いていると、スマホの着信音がなる。カバンからスマホを取り出すと「かっこ」からの着信であると画面が光っている。
その文面を読み、一瞬フッと表情を和らげる高遠。何か高速で入力をすると「悪い、忘れ物したから先に帰っててくれないか?」と仲間に告げて、来た道を走って戻っていく。
―送信したスマホの画面―
高遠『だったら今日、ゲーセンに付き合って』
――
場面転換
○ゲームセンターの中。
黄色、ピンク、グリーンと、パステルカラーの色とりどりのフワねこたんのぬいぐるみ(チェーンがついてバッグにつけられるもの)が一杯に入ったクレーンゲームの前。
未来は困惑しながら、楽しそうにクレーンゲームに挑む高遠を見つめている。
未来「……本当にこんなことでお礼になるの?」
高遠「なるなる。俺さ、このフワねこたんのクレーンゲームがここにあるって聞いて、ずっと来たいと思ってたんだもん」
集中した顔で機械を操作すると、アームがうまくぬいぐるみに引っ掛かる。
二人「あ――――っっ!!」(興奮した様子で)
カタンと取り出し口に落ちるピンク色のフワねこたんに、顔を見合わせ大喜びする二人。
未来「一回で取れるなんて凄いね!」
いいな!私もやろうかな、と財布をバックから取りだそうとしていると、取ったばかりのフワねこたんを高遠から手渡される。
高遠「この色……かっこ、好きでしょ?あげるよ」
未来「えっ!いいの?でも、悪いよ」
高遠「そんなことないよ。ゲーセンに付き合ってもらったんだし」
未来「でも、元はと言えばノート貸してもらったお礼だったのに……」
柔らかな笑顔の高遠に対して、嬉しいけれど申し訳ないと、眉を八の字にして考え込む未来。
「そうだ!良いことを思いついた」と笑顔を見せる。
未来「じゃあ、私もこれからフワねこたん取るから、それと交換しよう!」
――
○数分経過
未来「あっれー?もう少しなのになぁ」
取れそうで取れないぬいぐるみに、既に数百円注ぎ込んでいる。
高遠「かっこの気持ちは伝わったから、もうそろそろいいんじゃない?」
未来「待って!あとちょっと……ほんのちょっとだから!」
高遠「お金足りるの?」
未来「……あと2回分はある」
やれやれと言った表情の高遠は、自分の財布を取り出して「その調子じゃもう少し必要なんじゃない?」と両替機にお札を入れようとする。
未来「え?ちょっと?」
高遠「カンパしてあげる」
未来「そんなのいいよ!自分のお金で取ってこそなんだから!あと2回、2回だけだから!ね?」
必死に断る未来に、困ったように高遠はふぅとため息をつく。
高遠「……うん。わかった。じゃ、あと2回で取れる方法を考えようか」
真剣な表情をした高遠は暫く中のぬいぐるみを観察した後、口を開く。
高遠「次は向こうの斜めになってるの、狙ってみない?」
示す方向は山積みになって、いかにも取れなさそうな所。不満に思う未来だが「まあいいから」と背中を押され取り組むと、一回目はぬいぐるみが崩れただけで終わってしまう。そして二回目。「次はあそこ、狙ってみよう」と指示されたところにクレーンを持って行くと遂にぬいぐるみが持ち上がる。
息を飲む二人。そして見事取り出し口の中に落とされていくと二人は思わず歓声を上げる。
二人「や。やったあ――――!!!!」
未来は嬉しさのあまり高遠の両手を取り、ぴょんぴょんとその場を飛び跳ねる。何か言おうと顔を見上げてみると、目に飛びこんできたのは何故か甘い表情をする高遠の顔。びっくりして手を離すと、取り出したフワねこたんを高遠に手渡す。
未来「えっと。じゃあ約束通り、これはけーにゃんに」
高遠「かっこが頑張って取ったのに……。ほんとにいいの?」
未来「もちろん!けーにゃんの為に取ったんだから!」
一瞬躊躇ったものの結局嬉しそうにフワねこたんを受け取る高遠。暫く眺めた後で、同じ様な表情で未来を見つめる。
高遠「かっことお揃い、だね。ありがとう」
未来「えっ?あっ……うん。どういたしましてっ」
甘く微笑む高遠に、ドキンと胸が高鳴る未来。
未来(ぐぅっ……なんてエモい台詞!ドルラブの攻略対象者レベルのエモさだぜぇっ!!)
高遠「また、一緒に来ようね」
未来「い、いいね!」
密かに狼狽える未来の胸の内など知らないだろう高遠は、約束だよと笑顔を未来に向ける。
そんな二人を店の外から、信じられないと言わんばかりに食い入るように見つめるのは、一人の男子学生の姿。
男子学生「嘘だろ……なんで、そんな顔してんだよ……」
そんな悔しそうに呟く人影のことなど、今の二人は気がつくことはなかったのだった。
――
場面転換
○帰り道
早速ぬいぐるみをバッグにつけている二人。並んで歩きながら高遠が未来に問いかける。
高遠「ところでせっかく仲良くなれたのに、なんで学校では今迄と同じで、なんて言うの?」
未来「えーとえーと。それは……」
高遠「それは?」
まさか「気が合うので仲良くはしたいが、周囲の視線に晒されて妙な詮索をされるのは嫌だから」等と自分勝手なことも言える筈がない。なんと説明したら波風立てずに納得させられるのか、未来は必死に考える。
未来「……それは、けーにゃんと友達だって、言い触らすのが勿体なくて……」
高遠「だから?」
未来「だから……」
中々うまいまとめが出てこない。仕方がないので未来は勢いのままに話し続ける。
未来「二人だけの秘密にしておきたいかなー……なーんて?」
未来(って、何だよその言い訳ーーーー!!)
最終的に口から飛び出したのは、いつもの自分なら絶対言わないであろう、恋する乙女のような甘ったるいにも程がある言い訳。苦肉の策とはいえドン引きレベルのクオリティーに未来自身も「終わった……」と肩を落とす。
高遠「ふぅーん」
そんな落ち込む未来をよそに、高遠は一瞬何かを考える様に目を細めるが、結局「わかったよ」と了承する。
高遠「秘密の関係っていうのも、それはそれで萌えるしね」
未来「だ、だよね!」
実際のところ「この人何言ってんだろ?」と思いつつ、高遠の気が変わらないように「二人だけって響きがいいよね!」と適当な相槌を打ちまくる未来。
そんなアタフタしている未来の様子を見て、高遠は苦笑しながら「ほんと、かっこは可愛いなあ」と呟いて未来の頭をクシャクシャと撫でる。
未来「は?か、可愛い?どこが??」
いよいよ赤くなる未来に「そういうところとかね」と、高遠は柔らかな笑顔を向ける。
高遠「じゃ、名残惜しいけど……俺、こっちの道だから。また明日――ううん。また夜にでも。SNSでね」
高遠は手を振り帰っていく。未来は益々混乱しながら、去って行く高遠の後ろ姿を見つめている。
未来(えーっ?えーっ?今の……どういうこと――???)
今日も急ぎ足で登校する未来は、通学路でスクールカースト上位の煌びやかな男女を引き連れ歩く高遠を見かける。
未来(王子とそのお仲間は、月曜の朝だというのに今日もキラキラしていらっしゃる……)
休日の緩んだ気持ちが抜けず、まだ頭が良く働かない自分とは大違いだと感心する未来。週末のカフェで彼が告げた『これからも仲よくしてほしい』という言葉をふと思い出して、カフェでのノリのままに高遠らのグループに近づいていく。
未来「おはよー!けーにゃ……」
声をかけようとすると、「なんだコイツ?」といった突き刺すような周囲の視線が未来を襲う。そして高遠までもがジロリとこちらを睨みつけている。
未来「……っと、ちあきぃーー!」
その視線に耐えきれず、咄嗟に未来はその前を歩くクラスメイトの園田ちあきに向かって走っていく。
未来(怖っわー!けーにゃん……いや、王子、怖っ!!)
高遠の冷たい視線に怯んだ未来だったが、『中々大っぴらに可愛いもの好きと言えない』と言っていたことを思い出すと、そういうことか!とある結論を導き出す。
未来(要するに王子との友人関係はあくまでSNS上ってことで……リアルでは引き続き無関係である、ってことね!)
高遠としてもカースト最下層の地味女に突然仲よく話しかけて来られては、周囲への説明が色々と面倒になるのだろう。少々寂しくはあるけれど、彼の立場を思えばわからないものでもないと未来は一人納得する。
未来(オッケーオッケー!了解しましたーっ)
そしてちあきに追いつくと、雑談をしながら校舎の中へと入っていくのだった。
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場面転換
○教室の中
雑談をする生徒でザワつく教室の中、未来もカバンから教科書等を取り出して始業の準備を行っている。
ちあき「そういやさ、二時間目の英語の宿題やってきた?休日をどう過ごしたのか英語で日記を書けってやつ」
未来「……え?」
ちあきの指摘を受けて、ザッと顔色を悪くする未来。
ちあき「その顔は、忘れてきたみたいね?どうするの?」
未来「……ちあき、丸写しさせてくれない?」
ちあき「えーやだよ。大体同じ事書いたら、どっちがかパクったってバレちゃうでしょうが」
涙目でちあきに縋りつくが、あっさり断られてしまう。それでもなんとか頼むと騒いでいると「朝からギャーギャーうるせえな」と苛立つ声が聞こえてくる。
ハッとして思わず声のした方向を振り返る。声を発したのは高遠を取り巻いている集団の中の、陽キャの男子の一人。そしてその中心にいる高遠もまた、ギリギリと目を吊り上げて未来を見つめている。
未来(ひ、ひぇっ!王子、なんか、怒ってる?!)
そんなにうるさかったのだろうか。顔の良い男の怒りの形相程、恐ろしいものはない。「カースト最下層のくせに大きな声出すな、とか思われてる?」と、思わず未来はぶるりと体を震わせる。
一方顔を強張らせたままの高遠は、ため息をつくと勢いよく席を立つ。そして未来のもとに近づくと「ちょっといいかな?河原さん」と声をかけてきた。
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場面転換
○人影のない廊下
一体なんだろうと、怯えながら高遠についてきた未来。高遠はくるりと未来の方を振り向くと、「これ」と言って一冊のノートを手渡す。
高遠「……英語の宿題、良かったら写していいよ」
未来「えっ……でも……いいの?」
高遠「うん。俺の日記の内容、河原さん……かっこと行ったカフェのこと書いてあるから。だから、かっこが同じこと書いても大丈夫だと思って」
英語のノートをパラリとめくると付箋が何枚か貼ってある。
高遠「走り書きだから汚いけど、この付箋に書いてあるところだけ直して書いてもらえば丸パクリってはバレない筈だよ」
なんと用意周到なことか。あの短時間で自分の為にわざわざ細工までしてくれたと言うだろうか。感激しつつも未来は疑問を口にする。
未来「ありがとう……!でも私なんかに、いいの?」
高遠「は?『なんか』って何?」
不機嫌そうに更に声が低くなる高遠に、慌てて未来は言い訳をする。
未来「だ、だって私達、秘密の友達でしょ?」
高遠「秘密?」
未来「朝だって、声かけようとしてら『話しかけてくるな』って顔するし、今だって怒ったような顔してるし」
高遠「それは……」
未来に見つめられた高遠は、言葉に詰まり、顔に手をあて明後日の方に視線を送る。強張っていた顔はじわじわと崩れ、徐々に赤みを帯びていく。
高遠「……それは、かっこに学校でも話しかけてもらえて、嬉しいっていうか、照れくさいっていうか……なんか恥ずかしくなってきて。ニヤけないようにって、顔に力を入れてただけっていうか。……ごめん」
未来「え……」
未来(そんな理由で?)
決まり悪そうに呟く高遠が妙に可愛らしく見えてしまい、急にドギマギしてしまう。
未来(……って違う違う!そうじゃなくて!)
未来「えっと……じゃあ、学校で話しかけても大丈夫なの?」
高遠「もちろん」
気を取り直して問い直すと、高遠はまだ少し照れくさいのか口元に手をあてながら頷く。未来はよかったと微笑むが「あれ、でも……」と何かを思い出しで言い淀む。
未来「でもさ、そうなると高遠くんが可愛いもの好きって秘密にしてたのにバレちゃうかもしれないよ?」
高遠「んー。秘密っていうか……まあ、それは別に気にしなくていいよ」
未来「そうなの?」
ならいいのか?と、教室に戻ろうと未来は後ろを振り返る。すると目に飛び込んできたのは、遠巻に何事かとこちらの様子を伺うクラスメイトの人の山。今迄経験したことのないような興味、羨望、嫉妬と様々な視線に晒されて、未来はパニックに陥ってしまう。
未来(王子と親しくなるっていうのは、こういうことなのか!!)
焦った表情で高遠に振り向き直る。
未来「けーにゃん……いや、高遠くん!」
高遠「ん?」
未来「や、やっぱり、さっきの話は無しで!」
高遠「は?」
未来「が、学校では……今迄通りの無関係って方向でお願いします!」
高遠「はあっ?!」
未来「ノートは有り難く借りるけど……。じゃそういう事で!!」
突然の心変わりの発言に呆気に取られる高遠を残し、ノートを受け取った未来は脱兎の如く教室へと帰って行くのだった。
――
場面転換
○最後の授業が終わり、皆が帰った後の教室。
一人残った未来は席に座ってスマホの画面を睨むように見つめながら考え事をしている。
未来(今朝のあの態度は、流石にナシだよね……)
(周囲へは「宿題を忘れたのを哀れんだ高遠が、何故かノートを貸してくれた」と説明し、無理矢理納得させていた。ノートは一時間目の授業中に書き写し、その後お礼の挨拶もそこそこに高遠へ返却していた)
はあ、と項垂れて反省すると、再度スマホの画面に向かいメッセージを打ち込み始める。
―スマホ画面―
未来『朝はごめん!ノート貸してくれて本当に助かったよ!神!!』
未来『せめて何かお詫びとお礼をしたいんだけど、何かして欲しいこととかある?』
メッセージの最後にはフワねこたんの「ごめんね」イラストを選んで貼り付ける。
未来(送信――っと!)
――
場面転換
○帰宅途中の通学路
取り巻きらと帰る途中の高遠。賑やかに会話が交わされる中、一人淡々とした表情で歩いていると、スマホの着信音がなる。カバンからスマホを取り出すと「かっこ」からの着信であると画面が光っている。
その文面を読み、一瞬フッと表情を和らげる高遠。何か高速で入力をすると「悪い、忘れ物したから先に帰っててくれないか?」と仲間に告げて、来た道を走って戻っていく。
―送信したスマホの画面―
高遠『だったら今日、ゲーセンに付き合って』
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場面転換
○ゲームセンターの中。
黄色、ピンク、グリーンと、パステルカラーの色とりどりのフワねこたんのぬいぐるみ(チェーンがついてバッグにつけられるもの)が一杯に入ったクレーンゲームの前。
未来は困惑しながら、楽しそうにクレーンゲームに挑む高遠を見つめている。
未来「……本当にこんなことでお礼になるの?」
高遠「なるなる。俺さ、このフワねこたんのクレーンゲームがここにあるって聞いて、ずっと来たいと思ってたんだもん」
集中した顔で機械を操作すると、アームがうまくぬいぐるみに引っ掛かる。
二人「あ――――っっ!!」(興奮した様子で)
カタンと取り出し口に落ちるピンク色のフワねこたんに、顔を見合わせ大喜びする二人。
未来「一回で取れるなんて凄いね!」
いいな!私もやろうかな、と財布をバックから取りだそうとしていると、取ったばかりのフワねこたんを高遠から手渡される。
高遠「この色……かっこ、好きでしょ?あげるよ」
未来「えっ!いいの?でも、悪いよ」
高遠「そんなことないよ。ゲーセンに付き合ってもらったんだし」
未来「でも、元はと言えばノート貸してもらったお礼だったのに……」
柔らかな笑顔の高遠に対して、嬉しいけれど申し訳ないと、眉を八の字にして考え込む未来。
「そうだ!良いことを思いついた」と笑顔を見せる。
未来「じゃあ、私もこれからフワねこたん取るから、それと交換しよう!」
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○数分経過
未来「あっれー?もう少しなのになぁ」
取れそうで取れないぬいぐるみに、既に数百円注ぎ込んでいる。
高遠「かっこの気持ちは伝わったから、もうそろそろいいんじゃない?」
未来「待って!あとちょっと……ほんのちょっとだから!」
高遠「お金足りるの?」
未来「……あと2回分はある」
やれやれと言った表情の高遠は、自分の財布を取り出して「その調子じゃもう少し必要なんじゃない?」と両替機にお札を入れようとする。
未来「え?ちょっと?」
高遠「カンパしてあげる」
未来「そんなのいいよ!自分のお金で取ってこそなんだから!あと2回、2回だけだから!ね?」
必死に断る未来に、困ったように高遠はふぅとため息をつく。
高遠「……うん。わかった。じゃ、あと2回で取れる方法を考えようか」
真剣な表情をした高遠は暫く中のぬいぐるみを観察した後、口を開く。
高遠「次は向こうの斜めになってるの、狙ってみない?」
示す方向は山積みになって、いかにも取れなさそうな所。不満に思う未来だが「まあいいから」と背中を押され取り組むと、一回目はぬいぐるみが崩れただけで終わってしまう。そして二回目。「次はあそこ、狙ってみよう」と指示されたところにクレーンを持って行くと遂にぬいぐるみが持ち上がる。
息を飲む二人。そして見事取り出し口の中に落とされていくと二人は思わず歓声を上げる。
二人「や。やったあ――――!!!!」
未来は嬉しさのあまり高遠の両手を取り、ぴょんぴょんとその場を飛び跳ねる。何か言おうと顔を見上げてみると、目に飛びこんできたのは何故か甘い表情をする高遠の顔。びっくりして手を離すと、取り出したフワねこたんを高遠に手渡す。
未来「えっと。じゃあ約束通り、これはけーにゃんに」
高遠「かっこが頑張って取ったのに……。ほんとにいいの?」
未来「もちろん!けーにゃんの為に取ったんだから!」
一瞬躊躇ったものの結局嬉しそうにフワねこたんを受け取る高遠。暫く眺めた後で、同じ様な表情で未来を見つめる。
高遠「かっことお揃い、だね。ありがとう」
未来「えっ?あっ……うん。どういたしましてっ」
甘く微笑む高遠に、ドキンと胸が高鳴る未来。
未来(ぐぅっ……なんてエモい台詞!ドルラブの攻略対象者レベルのエモさだぜぇっ!!)
高遠「また、一緒に来ようね」
未来「い、いいね!」
密かに狼狽える未来の胸の内など知らないだろう高遠は、約束だよと笑顔を未来に向ける。
そんな二人を店の外から、信じられないと言わんばかりに食い入るように見つめるのは、一人の男子学生の姿。
男子学生「嘘だろ……なんで、そんな顔してんだよ……」
そんな悔しそうに呟く人影のことなど、今の二人は気がつくことはなかったのだった。
――
場面転換
○帰り道
早速ぬいぐるみをバッグにつけている二人。並んで歩きながら高遠が未来に問いかける。
高遠「ところでせっかく仲良くなれたのに、なんで学校では今迄と同じで、なんて言うの?」
未来「えーとえーと。それは……」
高遠「それは?」
まさか「気が合うので仲良くはしたいが、周囲の視線に晒されて妙な詮索をされるのは嫌だから」等と自分勝手なことも言える筈がない。なんと説明したら波風立てずに納得させられるのか、未来は必死に考える。
未来「……それは、けーにゃんと友達だって、言い触らすのが勿体なくて……」
高遠「だから?」
未来「だから……」
中々うまいまとめが出てこない。仕方がないので未来は勢いのままに話し続ける。
未来「二人だけの秘密にしておきたいかなー……なーんて?」
未来(って、何だよその言い訳ーーーー!!)
最終的に口から飛び出したのは、いつもの自分なら絶対言わないであろう、恋する乙女のような甘ったるいにも程がある言い訳。苦肉の策とはいえドン引きレベルのクオリティーに未来自身も「終わった……」と肩を落とす。
高遠「ふぅーん」
そんな落ち込む未来をよそに、高遠は一瞬何かを考える様に目を細めるが、結局「わかったよ」と了承する。
高遠「秘密の関係っていうのも、それはそれで萌えるしね」
未来「だ、だよね!」
実際のところ「この人何言ってんだろ?」と思いつつ、高遠の気が変わらないように「二人だけって響きがいいよね!」と適当な相槌を打ちまくる未来。
そんなアタフタしている未来の様子を見て、高遠は苦笑しながら「ほんと、かっこは可愛いなあ」と呟いて未来の頭をクシャクシャと撫でる。
未来「は?か、可愛い?どこが??」
いよいよ赤くなる未来に「そういうところとかね」と、高遠は柔らかな笑顔を向ける。
高遠「じゃ、名残惜しいけど……俺、こっちの道だから。また明日――ううん。また夜にでも。SNSでね」
高遠は手を振り帰っていく。未来は益々混乱しながら、去って行く高遠の後ろ姿を見つめている。
未来(えーっ?えーっ?今の……どういうこと――???)