隠し味
「帰って、美嘉」

 外の太陽はまだ、東の方面。ドアアイ越しに見えた長い黒髪にゾッとした俺は、近所の公園へと彼女を連れ出しそう言った。

「家まで来るとかまじで迷惑だから、帰って」

 美嘉の手元には花柄の布に包まれた四角い何か。見慣れたサイズ感に、おそらく弁当箱だろうと思う。

「きょ、今日はタコさんウインナーもりんごのうさぎさんも入ってるんだよ?あと修二くんのためにチョコレートクッキーも焼いてきたの。ほら、この前チョコレートを作った時、修二くんいっぱい食べてたからチョコ好きなのかなって思って。隠し味にね、お酒も入れてみたのっ」

 休日までタコさん弁当など食べたくないし、クッキーの隠し味もどうでもいい。
 そんな俺の気持ちなど知らない美嘉は、ぺちゃくちゃと一生懸命に型がどうだとか砂糖の分量がああでとか話していた。

「ほらこれ、可愛いでしょ?」

 そう言って見せられたのは、透明な袋に入れられたハートのクッキー。ご丁寧に真っ赤なリボンまでかけられて、「修二くん大好き」のメッセージカードまで添えられていて、小学生のバレンタインかよと心の中で笑った。

「もういいよ、美嘉」
「え?」
「俺たち別れよう」
「え、どうしてっ」
「不倫のルール守れないやつとは付き合えない。日曜の午前に家族と暮らしてる自宅までクッキー届けにくる女とかあり得ないし、ハートのクッキーもそのカードも嫁に見られたらどう責任とってくれんの?」
「ク、クッキーは今ここで食べてもらえばいいし、カードも読んだら捨ててもいいよっ」
「朝からクッキーとか食べられないんだけど」
「えっと、じゃあ……」
「とにかくクッキーと弁当は持って帰って。いらないから」

 素っ気なくじゃあなと手を振り、美嘉に背を向けた。これであっさり彼女との関係を終えられると思っていた俺は、彼女の表面しか知らない馬鹿者だった。
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