隠し味
「修二くん、今日はケーキを焼いてきたの。隠し味はなんと、お醤油ですっ」

 会社の昼休憩を美嘉と過ごさなくなった俺の元へ、彼女はどうにかして近付こうとしてきた。

「はい修二くん。あーんして?」

 俺が度肝を抜かれそうになったのは、自宅最寄り駅からの家路、『頭上注意。チカン注意』、そんな看板が立てられた、狭くて暗い高架下。
 太陽の出ている昼間ですら嫌厭(けんえん)されるこの場所は、終電もとっくに過ぎ去った時刻になれば人など通らない。たまにふらりと現れたかと思えば、それは千鳥足の酔いどれかねずみのどちらか。
 この日の俺は足元のおぼつかないまさに酔いどれそのものだったけれど、灰色の壁際で真っ直ぐ立つ美嘉を発見してしまえば、多量に飲んだ酒も途端に抜けていった。

「はい修二くん。美嘉が食べさせてあげる」

 こんな暗がりの中、やたらと大きなフォークでブスリ、ケーキを刺す美嘉は異常者としてしか瞳に映らなくて、俺は慄いた。

「な、なにやってんだよ美嘉……」
「なにって、修二くんに食べてもらおうと思って」
「い、いらねえよそんなもの……」
「そんな悲しいこと言わないで?せっかく作ったんだから」

 ブスリ、ブスリ、ブスリ、ブスリ。

 もはや原型など留めていない茶色のケーキが奇怪に拍車をかける。

「おい美嘉、やめてくれよ……」
「え、なにが?」
「お前、おかしいよ……」

 美嘉の黒くて長い髪の毛が、彼女がフォークに力を込めるたびにゆらゆら揺れる。
 華奢な腕の先に握られた尖ったもの。それがぐっちゃぐっちゃと音を立てて食べ物を潰すそのさまは、ホラー映像そのものだった。

「はい修二くん。あーんっ」

 酒のせいではなく、この光景に吐き気を催した俺は、逃げるようにしてその場を去った。
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