アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
「深夜十二時頃だったと思います。いつもの様に本屋で立ち読みをした後、終電電車に乗って帰路についていました」
蓮見と千里は真剣に話に耳を傾ける。紅葉はというと、目を瞑ってどこか寝ている様にも見えるが、この際触れないことにしておこう。
「突然、花村から電話がかかってきたんです」
「電話、ですか」
「はい。今すぐ来てくれって、元彼が家に来て困っていると」
どうやら、あの住人達が話していた口論の相手は花村唯の元彼であるらしい。
「それで、私は急いで彼女の自宅に向かいました。元彼は既に帰った様で花村は泣きながら座り込んでいました。一先ず話を聞こうとしたらー」
「別れ話をされた」
まるで、待っていました。と言う様に蓮見は話を遮る。
「ええ。それで色々と話していくうちに、他の女とも関係を持っているのかと根掘り葉掘り聞かれました。最初は冷静に話していたのですが、お互いどんどんヒートアップしてきてしまって…最終的に妻とはいつ離婚するのかと言う話になりました」
「それで殺したんですか?」
千里は我慢できずに口を挟む。
「違います!このままだと埒が空かないから一旦帰宅することにしたんです」
「思い悩む花村さんを置いて自宅に?」
「仕方ないでしょ!泣いてる女性相手に話し合いなんてできませんよ!」
この時、千里はこの男の違和感に気がついた。まるで、思いやりというものがない。
「奥さんはこのことを…」
「知るわけないでしょう」
「…」
「それで、朝出勤してみたらこんなことになっていたんです。ですから彼女の死とは無関係なんです。僕は何もしていないし、ただ口論になって家に帰っただけなんです」
外村の自分勝手な言い分に千里は唖然とする。
仮にも愛していた女性が死んだというのに、この男は自分が事件とは無関係だということを主張したいらしい。
「ですから、妻に聞き込みを行うのはやめて下さい。ただでさえ仲が悪いんだから…、それにもうよろしいですか?僕はこれから打ち合わせが入ってますので」
「待って下さい、まだ話は終わってません」
席を外そうとする外村に千里も慌てて立ち上がる。
「もう話すことは話しました。こちらは業務時間を削ってこの聴取に協力しているんだ。悪いが、仕事に戻らせてもらうよ」
そう言って扉の方へと歩きだした外村の進行方向を千里は塞ぐようにして立つ。
「通してくれ」
「だ、駄目です。まだ詳しいことが何も聞けていません」
「もう話すことは話しただろ!どいてくれ!」
外村は突然声を張り上げて、千里を退かそうとする。しかし、千里は頑なにその場から動かない。
「か、仮にも貴方が愛した女性が亡くなっているんですよ!何故死んでしまったのか気にならないんですか?」
「死んだ人間のことなんか知るか!私は忙しいんだ!さっさと通さないと人を呼ぶぞ!」
「貴方は花村さんのことを好きだったんでしょ!」
「ちょっと若いから相手をしてやっただけだ!いい加減にしないと君たちを訴えるぞ!」
先ほどの外村の印象とはまるで違う横暴な態度に、千里は唇を噛み締める。何故皆んな怒鳴るのだ。
怒鳴られれば誰だって怖い。相手が男性なら尚更怖い。
でも、ここでこの男を解放してしまっては花村さんに申し訳が立たない。
千里は震える足に力を入れて一つ呼吸をする。
「訴えたければご自由にどうぞ、人を呼んでいただいても構いません。でも、貴方には最後までこの聴取に付き合っていただきます」
そう言って千里は外村に真剣な眼差しを向ける。
こんなところで警察官の私が動じていてはいけない。
もっと、強くならなくてはー
弱い立場の人間を守れるように。
もっと、しっかりしなくてはー
部下達にちゃんとしたやり方を学ばせるために。
「さあ、席へお戻り下さい。話の続きをしましょう」
千里の意外な反応に外村は少し動揺の色を見せる。
きっと、今の様に怒鳴り散らせば女は言うことを聞くとでも思っていたのだろう。しかし、千里もそれなりの場数は踏んでいる。これしきの脅しで引く様なら、今警察官と言う仕事はしていないだろう。
外村は盛大にため息を吐くと「わかりましたよ…」と言って仕方なく元いた席へと着席した。
それを確認した千里は自身の乱れた髪を払うと、同じ様に元いた席へと着席する。
「さて、先ほどはうちの蓮見が出しゃばり失礼しました。ここからは私が質問をしていきますのでよろしくお願いします」
先ほどはまるで印象の違う千里の様子に、隣に座る蓮見は驚きの表情を見せる。
「もしかして…、君が責任者なのか?」
外村もどこか驚いた様子で蓮見と千里を見比べる。
「ええ、そうです。そしてこの両隣に座る彼らは私の部下です」
そう言って千里はにっこりと微笑んだ。
「さて、外村さん。率直にお尋ねしますが、貴方は花村唯さんを自殺に追い込んだのではありませんか?」
「な!そんなわけ無いでしょう。貴方さっきの話聞いてました?私はただ口論になったからそのまま帰っただけです」
「それはちゃんと話し合いをせずに、逃げたと言うことですよね?」
「逃げるだなんて!君は女だからわからないかもしれないが、ヒステリックになった女と話し合いなんかできるもんか!」
「ヒステリックにさせたのは貴方では?」
「僕が到着した時、彼女の沸点は既に高かった!きっと元彼のせいだ。僕のせいじゃ無い!」
「それでも原因を作り出したのはやはり貴方でしょう」
「違う!僕は関係ない!」
必死に事件との関係性を否定する外村に千里は小首を傾げる。
「関係ないなら、落ち着きましょうよ。何故そんなに必死になるんです?関係ないのでしょう?ならもっと冷静になって下さい。それとも、何か冷静になれない事情でもあるんですか?」
もっともな意見に隣に座る蓮見は苦笑する。
どうやら、この我妻千里という女は見かけによらず頭の回転が速いらしい。
「どうなんですか?外村さん。教えて下さい」
「…」
「外村さん」
「…」
「貴方にも娘さんがいるんでしょ?仮に彼女がこう言う目にあったらどう思いますか?いつまでも真実を話さない関係者に腹が立ちませんか?」
「…」
「外村さん、人間の恋愛って非常に複雑です。お互いのエネルギー量がそもそも違うんです。本気だったり、遊びだったり、諦めだったり、期待だったり。きっと花村さんもそうだったんだと思います。貴方にはただの遊びでも、彼女にとっては本気の恋だった。そして、貴方もそのことに気づいていた。でも、社会的にそれを認めてしまえば失うものは大きい。故に彼女の気持ちを否定してしまった。外村さん、貴方はどこか悪い事をしてしまったと内心焦っているんじゃないですか?」
そう、きっと彼は焦っているー。
自分がしてしまった過ちにー。
千里の言葉に外村は静かに瞳を閉じる。その瞳からは大粒の涙が溢れ出し、頬をつたって机の上に小さな水溜りを作る。
突然涙を流し始めたことに蓮見は目を見開く。隣で眠りこけていた紅葉も異変を感じたのか静かに瞼を開いた。
外村はそんな様子を気にも止めず、静かに涙を流し続ける。時折鼻を啜る音がやけに室内に反響する。
本来、人間というものは良い存在である。しかし、この地球上に生まれ落ちた途端、様々なエゴという名の泥が付着し、気づけば思わぬ罪を犯していることが往々にしてあるらしい。
きっと、彼もその一人なのだろう。自身のエゴという泥に埋もれて、本来の姿を見失ってしまった。
「外村さん、貴方は本来いい人なんだと思います。だから、そんなに沢山の女性と関係を持つことができた。本当に嫌なものに、人間は近寄りませんからね」
千里は慰めるように、外村に優しく声をかける。
「私は貴方と喧嘩したいわけではありません。ましてや貴方の事を困らせたいわけでもありません。私は真実が知りたいんです。一人の女性が命を絶ってしまった本当の真実を」
そう。別に喧嘩がしたい訳ではない。
責めたいわけでもない。
話しが聞きたいのだ。
本当の真実をー。
それが、私達の仕事だ。
蓮見と千里は真剣に話に耳を傾ける。紅葉はというと、目を瞑ってどこか寝ている様にも見えるが、この際触れないことにしておこう。
「突然、花村から電話がかかってきたんです」
「電話、ですか」
「はい。今すぐ来てくれって、元彼が家に来て困っていると」
どうやら、あの住人達が話していた口論の相手は花村唯の元彼であるらしい。
「それで、私は急いで彼女の自宅に向かいました。元彼は既に帰った様で花村は泣きながら座り込んでいました。一先ず話を聞こうとしたらー」
「別れ話をされた」
まるで、待っていました。と言う様に蓮見は話を遮る。
「ええ。それで色々と話していくうちに、他の女とも関係を持っているのかと根掘り葉掘り聞かれました。最初は冷静に話していたのですが、お互いどんどんヒートアップしてきてしまって…最終的に妻とはいつ離婚するのかと言う話になりました」
「それで殺したんですか?」
千里は我慢できずに口を挟む。
「違います!このままだと埒が空かないから一旦帰宅することにしたんです」
「思い悩む花村さんを置いて自宅に?」
「仕方ないでしょ!泣いてる女性相手に話し合いなんてできませんよ!」
この時、千里はこの男の違和感に気がついた。まるで、思いやりというものがない。
「奥さんはこのことを…」
「知るわけないでしょう」
「…」
「それで、朝出勤してみたらこんなことになっていたんです。ですから彼女の死とは無関係なんです。僕は何もしていないし、ただ口論になって家に帰っただけなんです」
外村の自分勝手な言い分に千里は唖然とする。
仮にも愛していた女性が死んだというのに、この男は自分が事件とは無関係だということを主張したいらしい。
「ですから、妻に聞き込みを行うのはやめて下さい。ただでさえ仲が悪いんだから…、それにもうよろしいですか?僕はこれから打ち合わせが入ってますので」
「待って下さい、まだ話は終わってません」
席を外そうとする外村に千里も慌てて立ち上がる。
「もう話すことは話しました。こちらは業務時間を削ってこの聴取に協力しているんだ。悪いが、仕事に戻らせてもらうよ」
そう言って扉の方へと歩きだした外村の進行方向を千里は塞ぐようにして立つ。
「通してくれ」
「だ、駄目です。まだ詳しいことが何も聞けていません」
「もう話すことは話しただろ!どいてくれ!」
外村は突然声を張り上げて、千里を退かそうとする。しかし、千里は頑なにその場から動かない。
「か、仮にも貴方が愛した女性が亡くなっているんですよ!何故死んでしまったのか気にならないんですか?」
「死んだ人間のことなんか知るか!私は忙しいんだ!さっさと通さないと人を呼ぶぞ!」
「貴方は花村さんのことを好きだったんでしょ!」
「ちょっと若いから相手をしてやっただけだ!いい加減にしないと君たちを訴えるぞ!」
先ほどの外村の印象とはまるで違う横暴な態度に、千里は唇を噛み締める。何故皆んな怒鳴るのだ。
怒鳴られれば誰だって怖い。相手が男性なら尚更怖い。
でも、ここでこの男を解放してしまっては花村さんに申し訳が立たない。
千里は震える足に力を入れて一つ呼吸をする。
「訴えたければご自由にどうぞ、人を呼んでいただいても構いません。でも、貴方には最後までこの聴取に付き合っていただきます」
そう言って千里は外村に真剣な眼差しを向ける。
こんなところで警察官の私が動じていてはいけない。
もっと、強くならなくてはー
弱い立場の人間を守れるように。
もっと、しっかりしなくてはー
部下達にちゃんとしたやり方を学ばせるために。
「さあ、席へお戻り下さい。話の続きをしましょう」
千里の意外な反応に外村は少し動揺の色を見せる。
きっと、今の様に怒鳴り散らせば女は言うことを聞くとでも思っていたのだろう。しかし、千里もそれなりの場数は踏んでいる。これしきの脅しで引く様なら、今警察官と言う仕事はしていないだろう。
外村は盛大にため息を吐くと「わかりましたよ…」と言って仕方なく元いた席へと着席した。
それを確認した千里は自身の乱れた髪を払うと、同じ様に元いた席へと着席する。
「さて、先ほどはうちの蓮見が出しゃばり失礼しました。ここからは私が質問をしていきますのでよろしくお願いします」
先ほどはまるで印象の違う千里の様子に、隣に座る蓮見は驚きの表情を見せる。
「もしかして…、君が責任者なのか?」
外村もどこか驚いた様子で蓮見と千里を見比べる。
「ええ、そうです。そしてこの両隣に座る彼らは私の部下です」
そう言って千里はにっこりと微笑んだ。
「さて、外村さん。率直にお尋ねしますが、貴方は花村唯さんを自殺に追い込んだのではありませんか?」
「な!そんなわけ無いでしょう。貴方さっきの話聞いてました?私はただ口論になったからそのまま帰っただけです」
「それはちゃんと話し合いをせずに、逃げたと言うことですよね?」
「逃げるだなんて!君は女だからわからないかもしれないが、ヒステリックになった女と話し合いなんかできるもんか!」
「ヒステリックにさせたのは貴方では?」
「僕が到着した時、彼女の沸点は既に高かった!きっと元彼のせいだ。僕のせいじゃ無い!」
「それでも原因を作り出したのはやはり貴方でしょう」
「違う!僕は関係ない!」
必死に事件との関係性を否定する外村に千里は小首を傾げる。
「関係ないなら、落ち着きましょうよ。何故そんなに必死になるんです?関係ないのでしょう?ならもっと冷静になって下さい。それとも、何か冷静になれない事情でもあるんですか?」
もっともな意見に隣に座る蓮見は苦笑する。
どうやら、この我妻千里という女は見かけによらず頭の回転が速いらしい。
「どうなんですか?外村さん。教えて下さい」
「…」
「外村さん」
「…」
「貴方にも娘さんがいるんでしょ?仮に彼女がこう言う目にあったらどう思いますか?いつまでも真実を話さない関係者に腹が立ちませんか?」
「…」
「外村さん、人間の恋愛って非常に複雑です。お互いのエネルギー量がそもそも違うんです。本気だったり、遊びだったり、諦めだったり、期待だったり。きっと花村さんもそうだったんだと思います。貴方にはただの遊びでも、彼女にとっては本気の恋だった。そして、貴方もそのことに気づいていた。でも、社会的にそれを認めてしまえば失うものは大きい。故に彼女の気持ちを否定してしまった。外村さん、貴方はどこか悪い事をしてしまったと内心焦っているんじゃないですか?」
そう、きっと彼は焦っているー。
自分がしてしまった過ちにー。
千里の言葉に外村は静かに瞳を閉じる。その瞳からは大粒の涙が溢れ出し、頬をつたって机の上に小さな水溜りを作る。
突然涙を流し始めたことに蓮見は目を見開く。隣で眠りこけていた紅葉も異変を感じたのか静かに瞼を開いた。
外村はそんな様子を気にも止めず、静かに涙を流し続ける。時折鼻を啜る音がやけに室内に反響する。
本来、人間というものは良い存在である。しかし、この地球上に生まれ落ちた途端、様々なエゴという名の泥が付着し、気づけば思わぬ罪を犯していることが往々にしてあるらしい。
きっと、彼もその一人なのだろう。自身のエゴという泥に埋もれて、本来の姿を見失ってしまった。
「外村さん、貴方は本来いい人なんだと思います。だから、そんなに沢山の女性と関係を持つことができた。本当に嫌なものに、人間は近寄りませんからね」
千里は慰めるように、外村に優しく声をかける。
「私は貴方と喧嘩したいわけではありません。ましてや貴方の事を困らせたいわけでもありません。私は真実が知りたいんです。一人の女性が命を絶ってしまった本当の真実を」
そう。別に喧嘩がしたい訳ではない。
責めたいわけでもない。
話しが聞きたいのだ。
本当の真実をー。
それが、私達の仕事だ。