アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
 「ちょっと、紅葉?大丈夫?おーい、紅葉君?」

 ふと、過去の思い出に浸っていると、心配そうに顔の前で手を振る千里と目が合った。

 「…」

 「大丈夫?どっか体調悪いの?」

 あの時と変わらぬ表情で千里は紅葉の顔を覗き込む。

 (こっちの気も知らないでー。)

 きっと、千里にとっては些細な思い出なのだろう。再び警視庁で再開できたときは久方ぶりに胸が高鳴ったものだが、それは紅葉の一方的な期待に終わった。

 「やっぱやめた」

 紅葉は千里から顔を背けると、名前が書かれたコピー用紙を片手に自身の荷物を背負う。

 「え!?ちょっと!話の続きは?」

 「だから、やめた」

 突然話を切り上げられた千里は不満気に「え?何で?」と小首を傾げる。

 「さっきまで話す気満々だったじゃない。どういう心境の変化よ」

 「どこらへんがそう見えたんスか?」

 口先ではそう言いながらも、今考えれば話す気満々、だったのかもしれない。

 ここで思いを伝えたら、どれほど楽だろうか。

 「とにかく、こいつらには俺から連絡しといてやるから、店でも選定しておけよ。一課の人間と野郎のファンくらいなら、収まる店あんだろ…」

 珍しく協力的な発言に千里は目を丸くする。

 「あら、自分から連絡しといてくれるの?」

 「先輩が、してぇんなら任せるけど」

 「いえいえ!滅相もない!」

 大袈裟に右手を横に振って否定する。

 「でも、紅葉。あんた本当に参加しないの?」

 「そんなに、参加して欲しいのかよ」

 「うん…、まぁ」

 しゅんとする千里に、紅葉はため息を吐く。

 「俺が参加しても野郎は喜ばねぇだろ」

 「そんな事ないよ。きっと居ないより居てくれた方が嬉しいと思うけどな!歳も近いし!」

 苦し紛れに、年齢の近さを主張する。

 今の千里には自分がサッカーをやっていたという事を話していない。故に共通項がそれしか見当たらなかったのだろう。

 「俺が参加したら結局店探しがまた大変になるけど?」

 何のために自分が飲み会を不参加にするのか、彼女は気づいているのだろうか?

 「まあ、そうよね…。あーあ、今回はやっぱり諦めるしかないかしら…」

 千里はため息を吐いて、机に突っ伏す。業務後もこんなくだらないことに頭を悩ませている、優しい女に紅葉は「そーいうこと」と頭をポンポンと撫でてやる。

 本来、女性相手にこんな事はしないが、千里だけは特別だ。今なら邪魔な取り巻きも見ていない。
 存分に、柔らかい髪の感触を楽しんでいると、千里が突然顔を上げた。

 「どした?」

 「わかったわ!紅葉!あんたとは今度三人で飲みに行けばいいのよ!」

 「え?」

 何やら閃いた様子の千里に、紅葉は呆気にとられる。

 「だって、貴方も蓮見君と親睦を深めないとダメでしょ?だから別日で調整ね!」

 正直、蓮見との飲みはごめんだが、嬉しそうにカレンダーを捲る千里に、紅葉は「面倒くせーな」と呟きつつ、静かに口元を緩ませた。

 (千里と一緒なら、それも悪くはないかー。)
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