アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
 コンビニを出た二人は蓮見の提案により、駅とは反対方面にある公園へと向かうことになった。

 「まさか、最初からそこに行く予定だったの?」

 公園へと向かう道すがら、千里は蓮見に尋ねる。

 「まぁな、ここら辺はよく高校の時に来てたからよ」

 話によると、そこの公園には本来無いものがあるらしい。

 「何よ、本来ない物って」

 千里は怪訝そうに首を傾げる。

 「まぁまぁ、言ってみてからのお楽しみってことで」

 ニコニコと笑う蓮見はまるで少年のようだ。少し酔いが覚めてきた千里は二人肩を並べて夜道を歩いている事実に少し緊張し始める。

 「我妻」

 唐突に名前を呼ばれた。

 「な、何?」

 慌てて顔をあげると、蓮見が再びクスクスと笑っている。

 「お前、何でいつも俺と喋る時ちょっと動揺すんだよ」

 動揺していただろうか…?

 「別に動揺なんてしてないわよ」

 千里は慌てて否定する。内心、心臓バクバクなことはどうか悟られないでほしい。

 「ふーん、まぁいいけど。それより、今日はありがとな…。まぁまぁ楽しかった」

 まぁまぁという言葉が少し気になるが、千里は素直に感謝の言葉だけを受け取ることにする。

 「どういたしまして。なんか他部署の人ばっかりででごめんね。ちょっと騒がしかったでしょ?」

 今思い返せば、歓迎会というより合コンに近い会だったと反省する。

 「いや、大学生みたいで楽しかったぜ」

 「確かに、警察官のやる会ではないわよね…」

 蓮見の言うとおり、あれではどう考えても大学生の集団である。

 「大人だって、酒飲めばあんなもんだろ。寧ろあれくらい砕けて騒げたほうがみんな明日からまた頑張るんじゃねぇの?」

 「まぁ、そうかもしれないけど…」

 うーん、と眉間に皺を寄せる千里に蓮見は「凄ぇ顔になってんぞ」と揶揄う。

 「お前って学生時代、真面目に勉強してたタイプだろ?」

 「そうだけど…、悪い?」

 「別に悪かねぇけど、少しくらいは遊びを覚えた方がいいぜ?」

 「そういう蓮見君は随分と遊んでたみたいね」

 「まぁな」

 さして気にする素振りも見せずに蓮見は笑う。

 「ふーん、そんなんだからサッカー選手になれなかったのね」

 少し腹が立った千里は嫌味をこめて、蓮見を揶揄う。きっと彼このことだ。さぞかし、女の子にもモテたに違いない。

 「そうかもな」

 否定的な言葉が帰ってくるだろうと踏んでいた千里だったが、意外にも帰ってきた言葉は肯定的なものだった。

 「そうかもなって…」

 まさか肯定されるとは思っていなかったことに少し面食らう。

 「んだよ」

 「いや、認めるとは思ってなかったから…」

 「ちょっと意外」と呟く千里に蓮見は「俺のこと何だと思ってんだよ」と返す。

 それからは明らかに、お互いの口数が少なくなった。気分を害してしまったのかと隣を歩く蓮見を盗み見るが、身長が高くて表情を伺うことはできない。

 少し寂しさを感じた千里は俯き加減に歩く。やはり蓮見は蓮見だ。あの蓮見律なのだ。サッカーが上手くて人気者。常に周りには人がいて、話しかけることすら叶わない。
 今でこそ近しい存在であることは間違いないが、本来ならこうやって喋ることもできなかった人なのだ。

 お互い沈黙を貫き通しながら、公園までの道のりを歩く。
途中、この気まずい空気から抜け出そうと何度か声をかけようと思ったが、生憎この場にあった言葉が見当たらなかった。

 しばらく歩き続けていると「着いたぜ」とようやく蓮見が口を開いた。

 千里は俯いていた顔をあげると、目に飛び込んできたのは大きな公園であった。確かに普通の公園とは少し作りが違う。

 遊具が極端に少なく、広場のようになっている公園は、その両脇に本来は置かれていない物が設置されている。

 「サッカーゴール?」

 そこには本物と大して違わないサイズのサッカーゴールが置かれていた。

 「そ、凄ぇだろ。ここは都内でも唯一ゴールネットが置いてある公園なんだ。昼なんかはよく小学生が試合してたりすんだよ」

 そう言って蓮見は近くのベンチに腰掛ける。

 「何ぼうっと突っ立てんだよ。こっち来いよ」

 何となく手持ち無沙汰に突っ立ていた千里に蓮見は自身の隣を叩いて座るように促す。

 二人はベンチに腰掛けると、お互いに買った商品を開けて乾杯した。まぁ千里に至ってはプリンなのだが…。

 蓮見は静かに缶ビールを飲む。

 もしかしたら、本当は静かな場所に行きたかっただけなのかもしれない。

 そんな蓮見につられて、千里も静かにプリンを口に放り込む。

 カスタードの甘い香りが口の中一杯に広がる。
 今思えば何故プリンなど買ったのかと少し酔いが冷めてきた千里は後悔する。お酒の一本でも買ってくればこの緊張も紛れたかもしれない。

 どこか緊張した心持ちで足をぶらぶらさせていると、突然足元に何かが当たる感触がした。

 「?」

 千里は何だろうと、椅子の下を確認する。

 そこには真新しいサッカーボールが隠れるようにちょこんと置かれていた。
 恐らく、昼間誰かがここに置いたまま忘れたのだろう。ボールにはひらがなで「たなか ゆうき」と書かれている。

 「お、ボールあんじゃん」

 千里の不思議な行動に、蓮見も同じように椅子の下を確認すると、嬉しそうにそのサッカーボールを手にする。

 「ちょっと!勝手に触っちゃダメだって、綺麗なボールなのに…」

 「借りるだけだって」

 蓮見はそういうと、ビールを一気に飲み干し空き缶を近くにあったゴミ箱に投げ入れた。

 「我妻、見てろよ」

 そう言って蓮見は足で華麗にリフティングを始める。ときおり頭にボールを乗せたり、背中を転がしたり、まるで生き物を飼い慣らすように蓮見はボールを操る。

 「…」

 昔の蓮見と寸分違わぬ姿に、千里の胸が高鳴る。こんな間近で蓮見のボールテクニックを見れると思っていなかった。

 あまりの感動に言葉を失っていると、蓮見は突然リフティングを辞めてしまう。

 「え、辞めちゃうの?」

 「あんま、興味無さそうだったから…」

 無反応なことが少し不満だったのか、蓮見はボールを手に持つ。

 「あ、違うよ!ちょっと感動してただけ!」

 千里は慌てて弁解する。

 「んな、必死になんなよ。言い訳っぽく聞こえんぞ」

 「い、言い訳じゃないって!本当に凄いな、格好いいなって思って言葉が出なかっただけだって!」

 「本当かよ」

 「ほんと!ほんと!」

 「ふーん」

 「何で信じないのよ!」

 尚も必死になって説明する千里はあわあわと両手を動かす。どこか小動物に似たその姿に蓮見は思わず微笑む。

 「じゃあ、勝負しようぜ」

 「勝負?」

 蓮見の突然の提案に千里は首を傾げる。

 「どっちが、先に相手のゴールシュートに決められるか。お前が勝ったらその意見信じてやるよ」

 「そんなの、勝てる訳無いじゃない!」

 「じゃあ、ハンデやるよ」

 そう言って蓮見は再びリフティングを始める。

 「俺は三点入れたら勝ち、我妻は俺からボールを取れたら勝ちってのでどうだ?」

 それなら意外にいけそうな気もするー。

 「は、蓮見君が勝ったらどうするの?」

 「どうするって、そうだな…」

 蓮見はリフティングしながら考える。

 「俺が勝ったら、何でもお願い事を一つ聞くってのは?」

 それはそれで不公平な気がする…。

 「じゃ、じゃあ、私もそれがいい。お互い勝ったらどっちかの言うことを何でも一つ聞くってのでどう?」

 千里の提案に「別にいいけどよ」と言って蓮見はリフティングを辞めた。

 「じゃ、今からスタートな。一応時間決めとこうぜ?十五分たったら勝負がついてなくても終わりな。まぁ、五分くらいで終わるだろうけど」

 蓮見は自身のスマホでタイマーを設定する。

 「な、何よ。余裕ぶっちゃって、私はボールをとるだけなのよ?案外あっという間に取られて終わっちゃうかもね」

 千里は負けじと言い返す。

 「ほう。そいつはいい、じゃあ無駄口叩いてねぇで始めるぞ」

 そう言うや否や、蓮見はボールを蹴り出した。あまりにも早い動きに千里は遅れをとる。

 「ちょっと、ずるい!」

 蓮見はボールを器用に操ると、あっという間にゴール前へと辿り着いた。そのままシュートを決めるかと思いきや、余裕そうな表情で何故かリフティングを始める。

 「ほら、ほら、どーしたよ。早く来ねぇとシュート決めちまうぞ」

 煽られているー。

 千里は蓮見のその行動に、青筋を立てると今出せる限りの全速力で走る。

 「おっと」

 ようやく蓮見の元へと辿り着いた千里は蓮見からボールを奪おうと手を伸ばす、しかし、ボールは生き物のように動き回り中々捕まえることができない。

 「おい、どうしたよ。それじゃあいつまで経ってもボール取れねぇぞ?」

 一体、どんな身体能力してんのよ…。

 何度か手を伸ばすが、明らかに遊ばれている感覚に、心が折れかける。

 「ほら、こっちだぞ」

 「もう!意地悪!」

 先ほどから、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりする蓮見はこれだけ動いていると言うのに息が上がっていない。それに比べて千里はもうだいぶ燃料切れしている状態だ。

 「ちょ、まって!」

 肩で息をしながらボールを追いかけるが、それでも千里がボールに触れることは一度もなかった。

 勝負の結果は明白で、結局蓮見がゴールを三点決めるのに五分はかからなかった。

 「な、何で、そんな動けるのよ…。貴方私より飲んでたわよね?」

 「俺とお前じゃ鍛えられ方が違ぇんだよ」

 蓮見はいまだにリフティングを続けながら答える。

 「それって、結局勝ちレースじゃない」

 意味は少し違うが、蓮見は千里が確実に負けることを知っていて勝負を挑んだに違いない。

 「お前が体力無さすぎなだけ、そんなんで良く刑事になれたな」

 「よ、余計なお世話よ」

 運動神経が悪いのは認めるが、これでも高校の時に比べて動けるようになったのだ。

 「それで?貴方のお願い事って何?あんまり高度なこと要求しないでよ?」

 千里の言葉に「高度なことってなだんよ」と蓮見はツッコミを入れる。

 「例えば…、昇進させて欲しいとか、総務部のマンドンナを紹介して欲しいとか、給与を倍にして欲しいとか…」

 「んなこと頼まねぇよ!ほんとお前俺のこと何だと思ってんの?」

 顎に手を当ててぶつぶつと呟く千里に蓮見は盛大にため息を吐く。

 「え?違うの?てっきりそういう感じかと…」

 「何でだよ」

 「斎藤とか高橋が相手なら確実にそう言うし…」

 「俺をあいつらと一緒にすんな」

 「じゃあ何?蓮見君のお願いって」

 千里は真っ直ぐに蓮見を見つめる。

 「いや、別に大したことじゃねぇよ…」

 「だから何?」

 小首を傾げる千里に蓮見は視線を逸らして首筋に手をやる。

 「携帯貸して…」

 「は?」

 「だから、携帯貸して」

 少し照れたようにそう言う蓮見に、千里は理解が追いつかない。

 「まさか、忘れたの?」

 「違ぇよ!いいから貸せって」

 千里は渋々蓮見にロックを解除した携帯を貸す。

 「携帯貸して欲しかったんなら最初からいいなさいよ」

 「うるせぇな」

 何やら数回ポチポチと画面をタップした蓮見はその後すぐに自身の携帯を取り出す。

 「持ってるじゃない、携帯」

 「だから忘れてねぇって」

 では、一体蓮見は千里の携帯で何をしているのか?

 数分後、蓮見は満足気な表情で千里に携帯を返す。

 「もういいの?」

 「おう」

 そう言うや否や突然千里の携帯が振動する。

 慌てて画面を見るとそこには見知らぬ人間からメッセージが送られていた。

 「登録よろしく。蓮見」

 千里はそのメッセージを見て小首を傾げる。

 「何よ、これ」

 「俺のメッセージID」

 「別にこんなの交換しなくても社用のあるじゃない」

 正直な話、こんな事しなくても、会社の携帯に同じようなメッセージ機能がある。

 「こっちのはプライベート用。また飲みに行きたい時とか連絡しやすいだろ。それに社用のはログが残ってシステム部に一々確認されるから嫌なんだよ…」

 それはつまり、二人きりで情報のやり取りがしたいと言う事だろうか。

 蓮見の思わぬお願いに、千里は顔が熱くなる。


 「…また飲みに行ってくれるの?」


 千里の質問に蓮見は今日一番の笑顔を見せる。


「おう、もちろん」


 あぁ、神様。我妻千里、全力で飲み会の幹事をやって正解でしたー。
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