アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
 千里と共に訪れた休憩室はまだ午前中だと言うのに沢山の人で溢れ返っていた。
 中には熟睡している人もちらほら居て、よくこんな場所で眠れるなと紅葉は内心呆れ返る。千里はというと何か困ったように、自販機前を気にしている。

 「どうしたの?」

 「いや、何かお取り込み中みたいだから…」

 千里の視線の先を辿ってみると、そこには蓮見が事務員の女と二人きりで談笑している姿が目に入った。
 二人とも缶コーヒーを片手に、自販機前で何やら盛り上がっている。

 「用があんなら声かけてくれば?」

 「いや、何か今割り込んだら悪く無い?」

 「何が?」

 「何がって…」

 どこか、困った表情の千里に紅葉はため息を吐く。
 何をそんな遠慮する必要があるのか。

 「別に、用があるなら悪くねぇだろ。何なら俺が割り込んできてやるよ」

 そう言うやいなや、紅葉は素早い足取りで自販機へと歩き出す。一瞬、休憩室にいた女子全員の視線が紅葉に集中したが、本人は気にする様子もない。

 「いいってば!」

 何かと目立ってしまう後輩の腕を千里は思い切り引っ張る。しかし、力で叶うはずもなく、ものの数秒で蓮見の背後にたどり着いた紅葉は開口一番に暴言を吐いた。

 「おい、女と駄弁る余裕があんなら仕事しろ」

 千里は「ああ、もう」と言って目頭を抑える。
 こうなる事が予測できたから、行かせたくなかったのだが、来てしまった以上仕方がない。

 蓮見は眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌そうな顔で振り返る。一緒に話していた女の子も少し青い顔をしているのは気のせいではない。

 「あ?休憩してただけだろ。お前こそ、そんなくだらないことわざわざ言いに来たのかよ」

 蓮見の言葉に千里も妙に納得する。確かにこのままでは紅葉がただ嫌味を言いに来ただけに見えてしまう。

 「ち、違うの、蓮見君。私が用があってそれで…」

 千里は事情を説明しようと、慌てて紅葉の前に出る。突然紅葉の背中から顔を出した千里に蓮見は少し驚いた顔を見せた。

 「んだよ、お前もいたのかよ」

 いつもの様子で首筋に手をやる蓮見に、千里は少しホッとする。

 「ご、ごめん。取り込み中なら出直すけど…」

 そう言って蓮見の背後に立つ事務員の女性に視線を移す。歓迎会には居なかった人である。一体蓮見とどういった関係なのか少々気になったが、今ここで聞く話ではない。

 「別に構わねぇよ。ただ話してただけだし…、な?」

 蓮見は缶コーヒーを飲みながら後ろに立つ女性を一瞥すると、事務員の女性は「ど、どうぞ。私はそろそろ戻るので」と言って、姿を消してしまった。

 「で、何だよ。わざわざ追っかけて来てまでする内容なんだろうな」

 蓮見は意地悪そうな表情で片眉を上げる。

 「え、あー、まぁ。こういうのは早めに済ませた方がいいかと思って」

 千里はそう言うと、財布からお金を取り出す。

 「賄賂かよ」

 「違う!この前タクシーで送ってもらった代金よ!」

 反論する千里に蓮見は「冗談だよ」と言って笑う。

 「別にいいよ。あん時は俺のせいで終電逃したんだし」

 「終電?」

 蓮見の言葉に紅葉の眉がピクリと動く。

 「駄目よ。コンビニのプリンは奢ってもらうにしても、結構な距離走っちゃたから自分の分のタクシー代は自分で払うわ」

 千里はそう言って、強引に蓮見にお札を握らせる。

 「お前、意外とそう言うところ固いのな」

 「お金の管理はしっかりしなくちゃ!」

 二人にしか分からない会話が展開されていることに紅葉は内心穏やかではない。

 終電まで野郎と一緒にいたとはどう言うことか。
 大体こう言った歓迎会は終電前に必ず終わるようになっているはずだが、この二人に関してはその後何かあったようだ。

 目の前で楽しそうに会話を弾ませる千里に、紅葉の心が騒つく。

 (俺の前じゃそんな笑わねぇくせにー)

 蓮見が捜査一課に入庁して来たときから察してはいたが、千里は蓮見に対して何やら特別な感情を抱いている。それも、ここ最近芽生えたなんて可愛いものでなく、何か遠い昔から燻っていた何かだということに紅葉は気づいていた。

 未だに蚊帳の外状態の紅葉は、ちょっかいの一つでもかけてやろうかと思ったが、千里の楽しそうな表情をみて仕方なくその場を立ち去る事にした。

 (あぁ、楽しくねぇー。)
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