アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
休憩室に戻ると、そこには大きな背中が必死に何かと格闘している姿が目に入った。
「紅葉」
背後から突然声をかけてやると、呼ばれた本人はピクリと肩を震わせる。
「やっと戻ったのかよ」
蓮見の言う通り、少し不貞腐れてる姿に千里は微笑む。
「ごめんね、ほったらかしちゃって」
顔の前で両手を合わせて謝罪する。まさか、本当に不貞腐れているとは思わなかった。
「別に、それより野郎は?」
頭を掻きながら紅葉は辺りを見渡す。
「蓮見君ならそろそろ戻ってくるはずだけど…、なんか用事?」
「この報告書、ところどころ違ってるから。それにこれも日付間違ってる」
紅葉は手元のファイルをボールペンでトントンと叩く。
「確かに、無茶苦茶なこと書いてるわね」
「だろ?これじゃあ何があったかわかんねぇ」
どうやら、蓮見は事務処理が苦手のようだ。彼は徹底して現場向きなのかもしれない。
「その点、紅葉は何でも器用にこなすわよね」
千里はそういって微笑む。
「…俺、器用貧乏なんで」
紅葉は少し照れたように、前髪を弄る。その姿が素直に喜べない思春期の子供に見えて可愛く思えてしまう。
「そんなことないわ、紅葉って何でもできて羨ましい」
入庁当時から、紅葉の仕事ぶりは素晴らしいものであった。無理に自分の色を出さず、周囲に上手いこと馴染みながら的確に仕事をこなすその姿は周囲の人間から一目置かれていた。
「それに比べて、蓮見君は強引というか、ガサツというか…」
別にコミュニケーションが取れないわけではないが、意外と自分の世界を持っている蓮見は、人からすれば少しやりづらさを感じる者がいるかもしれない。
「まぁ、そういうところが魅力的でもあるんだけど…」
「それって惚気?」
突然紅葉に突っ込まれる。
「の、惚気なんかじゃないわよ。私はただ人にはそれぞれ個性があって面白いって思っただけ」
どこか、顔を赤くしながら毛先を束ねるように弄る千里の姿に紅葉は少し苛立つ。
「先輩、この前の歓迎会からなんか気分良さそうっスよね、なんかあったの?」
「え、そうかな?別に何も無いけど…」
「その割には野郎と随分仲良さげだった。今朝なんか鼻歌交じりに通勤してくるし、一回も眉間に皺がよってねぇ」
「失礼ね、私はそんな毎日険しい顔してないわよ!」
「してる。俺毎日先輩の顔見てるからわかる」
さらりと恥ずかしいことを言ってしまう紅葉に千里は顔を赤らめる。
「ば、馬鹿いわないでよ。私だって機嫌のいい日の一つや二つくらいあるわよ」
「先輩が機嫌良かったのは、今までに片手で数える程度。一回目は昇進が決まった時、二回目は自宅で飼ってる猫が猫雑誌に載ったとき。三回目は…」
「ああ!もう辞めてよ!あんたなんでそんなどうでもいいこと覚えてるのよ!」
「あんたのことなら何でも覚えてる」
そう
サッカーボールを探してきてくれた時のこともー。
試合にいつも蓮見を見にきていたこともー。
入庁初日に缶コーヒーを奢ってくれたこともー。
全て覚えている。
「別に…、大したことないわよ。飲み会終わりにサッカーして終電逃したから送ってもらっただけ。いいことと言えばコンビニでプリンを奢ってもらったことと連絡先を交換したことくらいかしら?」
千里は先日の歓迎会でのことを思い出す。蓮見とは確かに連絡先を交換したが、その後特に連絡をやりとりしているわけではない。恐らく、蓮見のことであるから単純に連絡先を交換したかっただけのようだ。
まぁ、舞い上がっていたのは確かだが…。
「先輩、サッカーできるの?」
「できるように見える?」
「全然」
「この野郎」
素直な意見に千里は拳を上げる。
「まぁ、だから特にいい事とかは無かったわけで」
「連絡先」
「え?」
突然紅葉が千里の前にその綺麗な手を出す。
「俺、先輩の連絡先知らない」
突然の申し出に千里は目をぱちくりとさせる。そう言えば紅葉とは個人的に連絡先を交換した覚えはない。
紅葉は不満げな表情で「教えて」と首を傾ける。その仕草に一瞬、ドキリとしたのはここだけの秘密にしておこう。
「あ、あんたと連絡先なんか交換したら後で警視庁内の女子に何されるかわからないわ」
正直な話、この男と同僚という時点で昔はかなり目をつけられていた。今のように平穏に仕事が出来るまでにはかなり紆余曲折があった訳だが、きっとこの顔面偏差値90超えの男にはわかるまい。
「何で?」
紅葉は一層不満げな表情で千里を睨む。
「いや、何でって、あんたモテるし…」
「関係ねぇ」
「私は大いに関係あるの」
仕事場では協調性を発揮する紅葉も、こういう時に限っては自分の意見を曲げようとしない。
「じゃあどうしたら交換してくれんの」
「だからしないって、別に社用のメールあるんだからいいじゃない」
「蓮見とは連絡先交換できて、俺とは出来ねぇの?」
「…」
返答に困った千里は頭を悩ませる。果たして本当に彼と連絡先を交換してもいいものだろうか。
「じゃあ、俺が教えてやるよ」
うーん、と頭をフル回転させていると背後から突然蓮見の声がした。千里はその声に慌てて振り返る。
「ちょっと、蓮見君!」
「そん代わり俺に勝負で勝ったらな」
「何でテメェと勝負なんかしなきゃ行けねぇんだ」
「そっちの方がなんか面白いだろ」
蓮見は両腕を頭の後ろに組んで意地悪気に笑う。
「…勝負って、何」
一瞬、考えた様子を見せた紅葉だったが、何故か蓮見の提案に納得したようである。
「そーだな、じゃあ手っ取り早くサッカーにしようぜ?」
サッカーという言葉に紅葉はピクリと肩を振るわす。
「お前、サッカーできんだろ?やった事ねぇとは言わせねぇぜ?」
蓮見はどこか挑発的に片眉をあげる。
「え、紅葉ってサッカーできるの?」
意外な事実に千里は目を丸くする。
「できるも何も、こいつも元サッカー部だぜ?しかもそれなりに有名なスポーツ高校のエース」
蓮見は席につくなり、自身のスマホを千里に渡す。そこには当時のスポーツ記事が掲載されていた。
「こ、これって」
記事のタイトルは「高校サッカー界にスーパーエース現る!」と大きい見出しに、一枚の写真が掲載されていた。
「紅葉じゃない!、あんた昔から有名人だったの?」
顔は幼いが高校生の紅葉がボールを蹴っている写真に千里は驚く。
「別に…、昔の話だし」
今度は不機嫌そうに前髪をいじる。
「どっかで見たことあると思ったんだよな、お前が西校の紅葉だって気づいた時は腹が捩れるほど笑ったぜ」
蓮見はそう言って嬉しそうに紅葉の背中をバシバシと叩く。ちなみに何がそんなに面白いのか千里には理解できない。
「っ痛ぇな」
「だから、勝負しようぜ?一回お前とはちゃんと勝負してみたかったんだよな」
笑顔で紅葉にウザ絡みする蓮見はどこか嬉しそうである。
「嫌だ」
「んだよ、自信ねぇの?」
「んだと…」
蓮見の挑発に容易に乗せられてしまった紅葉は不機嫌な表情で蓮見の胸倉を掴む。それを見た千里は慌てて二人の間に止めに入る。
「こら、やめなさい!蓮見君も変に挑発しないの!」
「まぁお前がどうしてもって言うなら無理にとは言わねぇけどよ」
「てめぇ…」
それでもなお、挑発をやめない蓮見に千里は頭を抱える。何故もこう自分の周りには喧嘩早い奴しかいないのか。
「はい!二人とも終わり!アドレスなら後で教えてあげるから、それで一先ずいいでしょ?」
パンと手を叩いて事態を収束させる千里に蓮見はつまらなそうに「わぁーったよ」と呟いて着席する。
「さぁ、紅葉も仕事、仕事」
「別にいいけど」
「え?」
「勝負、すんだろ?」
紅葉はそういうと突然席から立ち上がった。
「ちょっと、その話はもう…」
終わり、と言う前に紅葉は千里の口をその大きな手で塞ぐ。
背中から抱き込まれるような形で口元を覆われたことに千里はパニックになる。
「その代わり、俺が勝ったらこいつのアドレス消せよな」
今度は紅葉が挑発的に蓮見を煽る。その行動はまるで自分の所有物に触るな、とでも言いたげだ。
「いいけどよ。俺こう見えて強いぜ?」
「てめぇが強いことくらい知ってら」
千里はこの時初めて、二人が初対面ではない事実を知ることになる。
「紅葉」
背後から突然声をかけてやると、呼ばれた本人はピクリと肩を震わせる。
「やっと戻ったのかよ」
蓮見の言う通り、少し不貞腐れてる姿に千里は微笑む。
「ごめんね、ほったらかしちゃって」
顔の前で両手を合わせて謝罪する。まさか、本当に不貞腐れているとは思わなかった。
「別に、それより野郎は?」
頭を掻きながら紅葉は辺りを見渡す。
「蓮見君ならそろそろ戻ってくるはずだけど…、なんか用事?」
「この報告書、ところどころ違ってるから。それにこれも日付間違ってる」
紅葉は手元のファイルをボールペンでトントンと叩く。
「確かに、無茶苦茶なこと書いてるわね」
「だろ?これじゃあ何があったかわかんねぇ」
どうやら、蓮見は事務処理が苦手のようだ。彼は徹底して現場向きなのかもしれない。
「その点、紅葉は何でも器用にこなすわよね」
千里はそういって微笑む。
「…俺、器用貧乏なんで」
紅葉は少し照れたように、前髪を弄る。その姿が素直に喜べない思春期の子供に見えて可愛く思えてしまう。
「そんなことないわ、紅葉って何でもできて羨ましい」
入庁当時から、紅葉の仕事ぶりは素晴らしいものであった。無理に自分の色を出さず、周囲に上手いこと馴染みながら的確に仕事をこなすその姿は周囲の人間から一目置かれていた。
「それに比べて、蓮見君は強引というか、ガサツというか…」
別にコミュニケーションが取れないわけではないが、意外と自分の世界を持っている蓮見は、人からすれば少しやりづらさを感じる者がいるかもしれない。
「まぁ、そういうところが魅力的でもあるんだけど…」
「それって惚気?」
突然紅葉に突っ込まれる。
「の、惚気なんかじゃないわよ。私はただ人にはそれぞれ個性があって面白いって思っただけ」
どこか、顔を赤くしながら毛先を束ねるように弄る千里の姿に紅葉は少し苛立つ。
「先輩、この前の歓迎会からなんか気分良さそうっスよね、なんかあったの?」
「え、そうかな?別に何も無いけど…」
「その割には野郎と随分仲良さげだった。今朝なんか鼻歌交じりに通勤してくるし、一回も眉間に皺がよってねぇ」
「失礼ね、私はそんな毎日険しい顔してないわよ!」
「してる。俺毎日先輩の顔見てるからわかる」
さらりと恥ずかしいことを言ってしまう紅葉に千里は顔を赤らめる。
「ば、馬鹿いわないでよ。私だって機嫌のいい日の一つや二つくらいあるわよ」
「先輩が機嫌良かったのは、今までに片手で数える程度。一回目は昇進が決まった時、二回目は自宅で飼ってる猫が猫雑誌に載ったとき。三回目は…」
「ああ!もう辞めてよ!あんたなんでそんなどうでもいいこと覚えてるのよ!」
「あんたのことなら何でも覚えてる」
そう
サッカーボールを探してきてくれた時のこともー。
試合にいつも蓮見を見にきていたこともー。
入庁初日に缶コーヒーを奢ってくれたこともー。
全て覚えている。
「別に…、大したことないわよ。飲み会終わりにサッカーして終電逃したから送ってもらっただけ。いいことと言えばコンビニでプリンを奢ってもらったことと連絡先を交換したことくらいかしら?」
千里は先日の歓迎会でのことを思い出す。蓮見とは確かに連絡先を交換したが、その後特に連絡をやりとりしているわけではない。恐らく、蓮見のことであるから単純に連絡先を交換したかっただけのようだ。
まぁ、舞い上がっていたのは確かだが…。
「先輩、サッカーできるの?」
「できるように見える?」
「全然」
「この野郎」
素直な意見に千里は拳を上げる。
「まぁ、だから特にいい事とかは無かったわけで」
「連絡先」
「え?」
突然紅葉が千里の前にその綺麗な手を出す。
「俺、先輩の連絡先知らない」
突然の申し出に千里は目をぱちくりとさせる。そう言えば紅葉とは個人的に連絡先を交換した覚えはない。
紅葉は不満げな表情で「教えて」と首を傾ける。その仕草に一瞬、ドキリとしたのはここだけの秘密にしておこう。
「あ、あんたと連絡先なんか交換したら後で警視庁内の女子に何されるかわからないわ」
正直な話、この男と同僚という時点で昔はかなり目をつけられていた。今のように平穏に仕事が出来るまでにはかなり紆余曲折があった訳だが、きっとこの顔面偏差値90超えの男にはわかるまい。
「何で?」
紅葉は一層不満げな表情で千里を睨む。
「いや、何でって、あんたモテるし…」
「関係ねぇ」
「私は大いに関係あるの」
仕事場では協調性を発揮する紅葉も、こういう時に限っては自分の意見を曲げようとしない。
「じゃあどうしたら交換してくれんの」
「だからしないって、別に社用のメールあるんだからいいじゃない」
「蓮見とは連絡先交換できて、俺とは出来ねぇの?」
「…」
返答に困った千里は頭を悩ませる。果たして本当に彼と連絡先を交換してもいいものだろうか。
「じゃあ、俺が教えてやるよ」
うーん、と頭をフル回転させていると背後から突然蓮見の声がした。千里はその声に慌てて振り返る。
「ちょっと、蓮見君!」
「そん代わり俺に勝負で勝ったらな」
「何でテメェと勝負なんかしなきゃ行けねぇんだ」
「そっちの方がなんか面白いだろ」
蓮見は両腕を頭の後ろに組んで意地悪気に笑う。
「…勝負って、何」
一瞬、考えた様子を見せた紅葉だったが、何故か蓮見の提案に納得したようである。
「そーだな、じゃあ手っ取り早くサッカーにしようぜ?」
サッカーという言葉に紅葉はピクリと肩を振るわす。
「お前、サッカーできんだろ?やった事ねぇとは言わせねぇぜ?」
蓮見はどこか挑発的に片眉をあげる。
「え、紅葉ってサッカーできるの?」
意外な事実に千里は目を丸くする。
「できるも何も、こいつも元サッカー部だぜ?しかもそれなりに有名なスポーツ高校のエース」
蓮見は席につくなり、自身のスマホを千里に渡す。そこには当時のスポーツ記事が掲載されていた。
「こ、これって」
記事のタイトルは「高校サッカー界にスーパーエース現る!」と大きい見出しに、一枚の写真が掲載されていた。
「紅葉じゃない!、あんた昔から有名人だったの?」
顔は幼いが高校生の紅葉がボールを蹴っている写真に千里は驚く。
「別に…、昔の話だし」
今度は不機嫌そうに前髪をいじる。
「どっかで見たことあると思ったんだよな、お前が西校の紅葉だって気づいた時は腹が捩れるほど笑ったぜ」
蓮見はそう言って嬉しそうに紅葉の背中をバシバシと叩く。ちなみに何がそんなに面白いのか千里には理解できない。
「っ痛ぇな」
「だから、勝負しようぜ?一回お前とはちゃんと勝負してみたかったんだよな」
笑顔で紅葉にウザ絡みする蓮見はどこか嬉しそうである。
「嫌だ」
「んだよ、自信ねぇの?」
「んだと…」
蓮見の挑発に容易に乗せられてしまった紅葉は不機嫌な表情で蓮見の胸倉を掴む。それを見た千里は慌てて二人の間に止めに入る。
「こら、やめなさい!蓮見君も変に挑発しないの!」
「まぁお前がどうしてもって言うなら無理にとは言わねぇけどよ」
「てめぇ…」
それでもなお、挑発をやめない蓮見に千里は頭を抱える。何故もこう自分の周りには喧嘩早い奴しかいないのか。
「はい!二人とも終わり!アドレスなら後で教えてあげるから、それで一先ずいいでしょ?」
パンと手を叩いて事態を収束させる千里に蓮見はつまらなそうに「わぁーったよ」と呟いて着席する。
「さぁ、紅葉も仕事、仕事」
「別にいいけど」
「え?」
「勝負、すんだろ?」
紅葉はそういうと突然席から立ち上がった。
「ちょっと、その話はもう…」
終わり、と言う前に紅葉は千里の口をその大きな手で塞ぐ。
背中から抱き込まれるような形で口元を覆われたことに千里はパニックになる。
「その代わり、俺が勝ったらこいつのアドレス消せよな」
今度は紅葉が挑発的に蓮見を煽る。その行動はまるで自分の所有物に触るな、とでも言いたげだ。
「いいけどよ。俺こう見えて強いぜ?」
「てめぇが強いことくらい知ってら」
千里はこの時初めて、二人が初対面ではない事実を知ることになる。