アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
 その後、日を改め訪れたのは、やはりあの大きなゴールネットがある公園であった。

 まるで少女漫画のような展開に千里は妙に顔がニヤついてしまう。

 「何嬉しそうな顔してんだよ」

 「いや、こんな少女漫画みたいな展開初めてだから」

 「言っとくけど、俺は紅葉と勝負したいだけだぜ?変な勘繰りやめてくれよな」

 ハァとわざとらしくため息を吐く蓮見に「わかってるわよ!」と反論する。

 「おい、昼休み終わるの早ぇからさっさと終わらすぞ」

 「さっさと終わればいいな」

 「ほざいてろ」

 二人の間に見えない火花が散る。

 「ルールは?」

 蓮見がボールをリフティングしながら紅葉に尋ねる。

 「時間内に多くゴールした方が勝ち」

 「随分わかりやすいな、じゃあファウルとかもありってことだよな」

 「?」

 「だって、そうだろ?ここには審判出来そうな奴いねぇし」

 そう言って千里の方をチラリと見る。

 「し、失礼ね!審判くらいできるわよ」

 「いや、それでいい」

 「紅葉!」

 千里の申し出を断ると、紅葉は少し腰を屈める。

 「さっさとこいよ」

 「へいへい」

 蓮見はそう言うや否や、あの時と同じ様にサッカーボールを前へと蹴り始めた。
 しかし、さすがの紅葉である。蓮見の進行先を上手いこと遮るとその長い足でボールを奪いにかかる。

 「おっと」

 「ッチ」

 しかし、蓮見も負けてはいない。紅葉のブロックを交わすとそのままゴールネットへ向けて走り出す。

 そしてー。

 あっという間に蓮見がボールをゴールネットにシュートした。

 「おい。どうしたよ紅葉。お前のプレイにしちゃ雑だな」

 「るせー、これからだ」

 紅葉は右手で汗を拭いながら、シュートされたボールを回収する。

 千里はそんな二人の様子を見ながら、ただ呆然としていた。いつも気怠げで眠そうな紅葉が、機敏にボールを操っていることに正直驚きを隠せない。

 勝負は昼休憩が終わる五分前まで、続いた。結果は見事に引き分け。最初こそ蓮見が有利に思えたが、紅葉は後半じっくりと点差を縮めるに至った。

 いつの間にか増えたギャラリーからは、何故か謎の拍手が湧き起こる。中には、どこからか噂を聞いて駆けつけた紅葉のファンが黄色い声をあげていた。

 スーツのワイシャツ姿だというのに、砂埃まみれな二人に千里はタオルを差し出す。

 「ってか、なんかすげぇ人居たな」

 蓮見は渡されたタオルで顔を拭きながら、持ってきたペットボトルの蓋を開ける。

 「そりゃそうよ。いい歳した大人が真昼間に本気でサッカーやってるんだから」

 ただでさえ、見てくれの目立つ男達なのだ。ギャラリーが増えるのは当然である。

 「結局、勝負つかなかったな」

 「あんたファウルし過ぎ、本来ならあれは無得点」

 「ファウルありっていっただろ、あれも戦略だ」

 「んな無茶苦茶な戦略あるか脳筋」

 「んだと!」

 「ちょっと!二人ともこんなところで喧嘩しないで」

 千里は慌てて二人の間に割って入る。こんな公共の場で喧嘩されたらたまったものではない。

 「で、審判的にはどうだったんだよ」

 「え?」

 審判は断られたはずだが?

 「ま、まぁ、二人とも頑張ったで賞ということで…」

 「んだよ、それ」

 蓮見は苦笑すると再びペットボトルに口をつける。

 「だって、審判は要らないって言ってたじゃない」

 「俺が聞いてんのはそういうことじゃなくて、こいつにアドレス教えてやっていいのってこと」

 あ、なるほど。そういうことか。

 「私は別に構わないって言ったじゃない」

 「だとよ。良かったな」

 千里の返答に蓮見は紅葉の腕を小突く。まるでどこかの男子高校生のようなやりとりだ。
 どうやら、最初からアドレスは教えてやるつもりだったらしい。

 紅葉はというと、流石に疲れたのかタオルを頭から被ったまま呼吸を整えている。

 額から汗が流れ、肩で呼吸をする姿は確かに色気があって美しい。

 「何?」

 「え?」

 一瞬そんな紅葉に見惚れていた千里は突然声をかけられたことに驚く。

 「俺の顔になんかついてる?」

 「いや、ついてるというか…」

 美しくて見惚れていました。なんて言えるわけもなく千里は目を泳がす。

 「紅葉くんがサッカーしている姿に見惚れてましたってか」

 なんと答えようか悩んでいると、蓮見が背後から茶々をいれる。前々から思っていたが、この男は空気を読むということができないらしい。

 「違うわよ!いや、かっこよかったのは認めるわよ?そうじゃなくて」

 蓮見の冷やかしに千里はしどろもどろになる。これではただの気持ち悪い人だ。

 「…格好良かったッスか?」

 「え?」

 しかし、紅葉は意外にも嬉しそうな表情を見せる。

 「うん、ま、まぁ。かっこいいよね貴方」

 そりゃ顔も良くて、高身長で、仕事もできて、サッカーも上手いとなると、いよいよこの男のスペックの高さを認めざるを得ない。

 千里は少し気恥ずかしくなる。真っ向から男の人に向かってかっこいいですね、なんて言ったことは今までに一回もないのだから仕方ない。

 「…先輩にそう言われると嬉しい」

 あまりにも素直な反応を見せる紅葉に、千里はいよいよ照れ臭くなる。

 「良い雰囲気のところ悪ぃんだけどよ、後一分で電車来るみたいだぜ?」

 蓮見はそういうと慌てる様子もなく腕時計を指差す。

 「え、ヤバい…」
 
 全く急ぐ気のない男二人を他所に、千里はどうしようと顔を真っ青にする。

 「んな顔すんなよ、捜査の一環ですとか言っときゃいいだろ」

 「貴方、本当は馬鹿でしょ」

 「お前にだけは言われたくねぇよ」

 「私は頭だけは良いほうよ!」

 あれ?なんか自分で言ってて悲しくなってきた…。

 「あんだけギャラリー居たのよ?しかも紅葉のファンまで来てたんだから、バレるのは時間の問題よ」

 「先輩、アドレス」

 「うん。だからとりあえず帰ろうか、君達」

 もちろん三人が、この後内藤からお叱りを受けたのは言うまでもない。
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