アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
 捜査一課のフロアへと戻ると、そこには先ほど怒って姿を消してしまった蓮見の姿があった。

 (あれ、あの人…)

 よく見ると蓮見の隣には以前、休憩室で話をしていた女性が立っている。確か名前は佐藤といったか。

 「えー、蓮見君ってフォワードだったんだ」

 自席へと近づくと、次第に女の声が聞こえてくる。

 「おー、お前そんなんも知らないで応援来てたのかよ」

 蓮見は少しおかしそうに佐藤にツッコミを入れる。

 どこか和やかな雰囲気で会話をする二人に千里は少し咳払いをすると、蓮見の前に位置する自席へと着席した。

 (何考えてんのかしら、ここは捜査一課よ)

 仕事場で呑気に女とサッカーの話をする蓮見に千里は苛立つ。話がしたいなら休憩室ですれば良いのに。

 しかし、二人はそんな千里の事などお構いなしと言った様子で会話を繰り広げる。

 「でも、残念だったね、足の怪我さえ無ければプロ入り確実だったのに…」

 佐藤がシュンとした顔で尋ねる。きっと今までにもあの顔に落とされてきた輩がいるに違いない。

 千里は内心そんなことを考える。

 「しゃあねぇって、んな顔すんなよ」

 「でも、蓮見君すっごく上手だったから…」

 「サンキューな、佐藤さんくらいだよ。そう言って慰めてくれんのは」

 蓮見はそういうと、優しく微笑む。きっとこちらも、あの笑顔で沢山の女を落としてきたに違いない。

 (何がサンキューよ。カッコつけちゃって…)

 聞きたくもない会話が次から次へと耳に入ってくる状況に千里はその場に居た堪れなくなる。

 「ううん、本当のことだもん。それに、いちファンの私をOB会にも誘ってくれて、私凄い嬉しかった」

 佐藤はそういうと恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 (OB会?何のことかしら?)

 「別に気にすんなって、メンバーだけでやるより佐藤さんみたいな可愛い子いた方が盛り上がるからな」

 「か、可愛い子なんて、もう!蓮見君口上手すぎ!」

 「痛ってぇな、叩くなって」

 とても良い雰囲気の二人に、何故か千里の中で様々な怒りが静まり返っていく。

 (なんだ、元々あーいう人なんだ)

 今まで自分の中に居た理想の蓮見像がどんどんと壊れていく。やはり、蓮見のことを少しアイドル扱いしていたのかもしれない。

 一人、沈んだ気分の千里は先ほどかったエナドリの缶に手を伸ばす。プシュと気が抜ける音と同時に誰かの大きな咳払いが響いた。

 驚いた千里はその咳払いに視線を移す。

 「さっきからうるせぇな、ここは飲食店じゃねぇんだ。駄弁りたいなら他所いけよ…」

 どうやら、紅葉が二人の会話を見かねてわざと咳払いをしたらしい。

 「あ、ご、ごめんなさい…」

 佐藤が慌てて謝罪する。しかし、蓮見は鬱陶しそうな表情で頭を掻いている。

 「別に日常会話なんだから問題ねぇだろ、それともなんだ?お前はいつも仕事の会話だけしかしねぇのかよ?」

 蓮見の態度に紅葉の表情が一層険しくなる。

 「たりめーだ。こちとら暇じゃないんでな」

 「誰が暇人だって?」

 「おめーだろ、女と喋る暇あんなら仕事しろ」

 「彼女いない歴年齢の僻みか?」

 「あんだと…」

 相変わらず火花を散らし始めた二人に千里は頭を抱える。
 いつもならここで割って入るのだが、今日はその元気が無い。

 お互い対峙したままの二人に千里は黙り込む。

 「…」

 「…」

 「…」

 暫しの沈黙が流れる。いつものように千里がツッコミを入れてくることを予想していた二人は少し戸惑った様子で千里に視線を移す。

 しかし、黙々と作業に集中する千里はもう勝手にしてくれと言った様子で目の前の画面と格闘している。

 「え、えっと…、は、蓮見くん。私邪魔みたいだから、そろそろ戻るね!こ、紅葉君、煩くしちゃってごめんね!」

 異様な空気に佐藤が部屋を出ていくと、二人は静かに溜め息を吐いた。

 (やっぱ、先輩変だ…)

 (やっぱ、怒ってんな…)
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