アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
第二章【運命の輪】
運命というのは非常に面白いもので、時に自分が予想していなかった出来事が起こる。
それは、いいこと、悪いこと、大小様々だ。
「高橋君、この前の事件の調書仕上がった?」
「斎藤君、この前の聞き込みの進捗は?」
「末永君、ここ文字間違ってる」
深夜の警視庁、我妻千里は寝不足の体に鞭を打ちながら部下に淡々と指示を出していく。
新卒入社時での説明会では、近年の女性捜査官増加影響により、勤務時間は柔軟性を持たせるようにしています。という説明であったが、今思えばそんなものを鵜呑みにするべきでは無かったと後悔する。
この平和な日本でも日々沢山の事件が起きている。
お陰で千里はここ最近、自宅に帰宅した記憶がない。
「高橋君、ここ違うって、やり直し」
元々頭の良かった千里は気付けば警部まで昇進し、捜査一課の頼れる存在となっていた。日々起こる事件に頭を悩ませながらも的確に部下に指示を出していく。
「先輩、これ」
慌ただしく捜査資料に目を通す千里の前に缶コーヒーが置かれる。
突然の差し入れに顔をあげると、そこには一人の男が涼しげな顔で立っていた。
「あ、ありがとう…」
彼の名前は紅葉薫《こうよう かおる》。
千里と同じ、捜査一課の刑事である。
年齢は同じだが、入庁時期が千里よりも遅い。そのため、千里のことを先輩と呼ぶ。
「まだ帰ってなかったの?それとも何かやり残しでもあった?」
既に仕事を終えている紅葉は帰宅していてもいいはずだ。
「ちょっと、面倒なことになりそうだったんで…」
紅葉は自身の分の缶コーヒーを片手で器用に空けると、近くの椅子に腰掛けた。
「面倒なこと?」
なんのことか想像できない千里は首を傾げる。
「んなことより、なんか手伝う?」
紅葉は千里の机に山積みなった資料を指さす。
「え、いいの?」
紅葉は千里の部下にあたるが、圧倒的な仕事の早さから、一課の中では一目置かれている存在だ。
また、モデルのようなスタイルと端正な顔立ちで警視庁内の女子を一瞬で虜にしたのは記憶に新しい。
「じゃあ、この前の事件資料、整理してもらってもいいかな?」
千里は机からいくつかのファイルを紅葉に手渡すと、紅葉は「オッケー」と返事を返した。
この紅葉薫、最初こそ少々取っ付きずらい雰囲気の男であったが話してみると意外とフレンドリーに接してくれる。しかし、そのことを警視庁内の同僚に話すと皆口を揃えて「それは千里ちゃん限定だ」という。
紅葉が加わったお陰で、千里の仕事は思ったよりも早く片付けることが出来た。お陰で今日は久々に帰宅できそうである。
千里は最後のファイルをまとめ終えると、その場にいた部下全員に「お疲れ様、今日は帰りましょう」と号令をかけた。その言葉に先ほどまで暗い雰囲気だった職場内に明るさが戻る。
みんな一斉に帰り支度を済ませ、各々が「お疲れ様です」と言って一課の部屋を後にする。
千里も身支度を済ませると、今だに帰る様子のない紅葉に声をかける。
「紅葉もありがとね」
小さくぺこりとお辞儀をすると、紅葉は僅かに微笑んで椅子から立ち上がった。どうやら、千里のことを待っていたらしい。
「そういえば、この前の事件ようやく犯人が捕まって良かったね。これで被害に遭われた方も一安心だわ」
千里は紅葉の隣を歩きながら先日捕まえた犯人について話す。紅葉は一直線に前を見ながら千里の話に耳を傾ける。
「それでね、この前高橋君が内藤警部にこっ酷く怒られちゃって、もうその後のフォローが大変でさ」
他愛もない話をしながら一階のフロアに辿り着くと、紅葉が突然立ち止まった。千里も同じように足を止めると「どうしたの?」と声をかける。
「クソ、まだ居やがる」
どこか不機嫌そうな様子で、そう答えた紅葉の視線の先には小さな紙袋を抱えた数人の女子社員が入り口付近で立ち止まっているのが見えた。
「知り合い?」
千里は尋ねる。
「んなわけねぇ」
そこで千里は彼女達の正体を理解する。
「まさか、ファンの子達?」
ファンという言葉に紅葉は眉間に皺を寄せる。
「だから知らねえ奴だって」
この年齢になって、ファンというのもおかしな話ではあるが、天性のルックスを兼ね備えた彼には一定多数のファンが存在する。それは社内、社外問わずで、気を抜けばそのファンに取り囲まれ、たちまちどこぞのアイドルと化してしまうのが彼の最大の悩みだった。
先ほど紅葉が面倒なことと言っていたのはこの事だったのか。
「さっきからずっと、あそこに居て帰れねぇ」
「お疲れ様って言って通り過ぎればいいんじゃない?」
「んなことしたら、勘違いされる」
「好きな子いるからとか、なんとか言って断ればいいじゃない」
「…」
正直、千里には人気者の気持ちはわからない。
好意を持ってくれるだけ嬉しいのではないだろうかとも思うが、それは自分のような日陰者だけなのかもしれない。
「じゃあ先輩、手繋いでいい?」
「へ?」
突然の提案に変な声がでた。
「な、な、ななな何言ってるの!ダメに決まってるでしょ!」
一体、何を言い出すかと思えば、千里は慌てて紅葉から距離を取る。
「んな、嫌がらなくても…」
どこかしゅんとした様子で紅葉は肩を落とす。
「あ、あのね!貴方と手なんか繋ごうもんなら警視庁の女子全員を敵に回すことになるのわかってる?
」
千里はあたふたと説明する。ただでさえ紅葉は目立つのだ。変な噂なんて立てられたら、たまったものではない。
「別に、いいんじゃね?そっちの方が楽だし」
首筋を掻きながら紅葉は面倒くさそうに答える。
「楽なのはあんただけでしょうが…」
千里は疲れた表情を浮かべると、何か思いついたのかポンと手をひとつ叩いた。
「そうだ!、表出口がダメなら裏口から出ちゃえばいいじゃない!」
そう言って千里は紅葉の腕を引っ張る。嫌と言っていた割に大胆な行動をとる千里に紅葉は内心驚いた。
(嫌じゃねぇのかよ…)
二人は裏側にある従業員専用の出入口まで向かう。しかし、後少しで到着というときに、紅葉が思い切り腕を引っ張った。
「な、何?」
突然の行動に慌てて振り向くと、またもや鋭い目つきで裏口を睨みつける。
慌てて裏口の方を見ると、なんとそこにも紅葉の出待ちファンが数名待機していた。
どうやら、紅葉が裏口から回って出てくるのを先読みしていたらしい。
「まるで、狩りみたいね」
呆れを通り越して、関心する千里に「何が狩りだ」と突っ込みを入れる。
暫く様子を伺って見ようかとも思ったが、時刻は既に十二時を回ろうとしている。せっかく、自宅に帰れる機会を失いたくはない千里は必死に頭を回転させる。そして、一つの解決策を導き出した。
「前も後ろも駄目なら横に行けばいいのよ!」
またもや意味不明なことを話す千里に紅葉は首を傾げる。
「まさか、ベランダから出るとか言わねぇだろうな」
「まさか、そんなことしなくてもいいように、非常時に出れる場所がもう一つあるでしょ?」
「…」
そうして、千里に引っ張られ辿り着いた先には警視庁にある普通の非常口であった。
「横っつうか、ただの非常口じゃん」
「ただの非常口、されど非常口」
どこかキメ顔でそう語る千里に紅葉はため息を吐く。
「まぁ、でも、流石にここには居なさそうだな」
あたりを警戒してみるが人の気配はまるで感じられない。
「さ、さ、早く帰りましょ」
千里はようやく帰れる安堵感に、勢いよく非常口の扉を引いた。
その時だったー
「うわ!!」
突然大きな人影が千里の体目掛けて倒れ込む。
咄嗟のことにバランスを崩した千里はそのまま紅葉の体へと倒れ込んだ。なんとか千里の体を受け止めた紅葉だったが、二人分の体重を支えることはできずに、そのまま全員でバランスを崩して床へと雪崩れ込んでしまう。
「痛ってぇ…」
紅葉は起き上がりながら頭をさする。千里も慌てて身を起こすと、目の前に倒れ込んできた男性の安否を確認する。
「す、すみません!大丈夫ですか?」
何故か背中側から倒れ込んでいた男は、体を起こすと、腰あたりをさすりながら、千里達の方へと振り向いた。
その姿に千里は唖然とする。
「…大丈夫だけど、あんたは?」
聞き覚えのある声に千里は生唾を飲みこむ。
身体中から変な汗が吹き出し、何故か胃の辺りがキリキリと痛くなる。
心臓は自分でも驚くほど跳ね上がり、先ほどより呼吸が荒くなる。
忘れるはずもない。
その声は紛れもなく、千里が学生時代恋焦がれた相手、蓮見律のものであった。
それは、いいこと、悪いこと、大小様々だ。
「高橋君、この前の事件の調書仕上がった?」
「斎藤君、この前の聞き込みの進捗は?」
「末永君、ここ文字間違ってる」
深夜の警視庁、我妻千里は寝不足の体に鞭を打ちながら部下に淡々と指示を出していく。
新卒入社時での説明会では、近年の女性捜査官増加影響により、勤務時間は柔軟性を持たせるようにしています。という説明であったが、今思えばそんなものを鵜呑みにするべきでは無かったと後悔する。
この平和な日本でも日々沢山の事件が起きている。
お陰で千里はここ最近、自宅に帰宅した記憶がない。
「高橋君、ここ違うって、やり直し」
元々頭の良かった千里は気付けば警部まで昇進し、捜査一課の頼れる存在となっていた。日々起こる事件に頭を悩ませながらも的確に部下に指示を出していく。
「先輩、これ」
慌ただしく捜査資料に目を通す千里の前に缶コーヒーが置かれる。
突然の差し入れに顔をあげると、そこには一人の男が涼しげな顔で立っていた。
「あ、ありがとう…」
彼の名前は紅葉薫《こうよう かおる》。
千里と同じ、捜査一課の刑事である。
年齢は同じだが、入庁時期が千里よりも遅い。そのため、千里のことを先輩と呼ぶ。
「まだ帰ってなかったの?それとも何かやり残しでもあった?」
既に仕事を終えている紅葉は帰宅していてもいいはずだ。
「ちょっと、面倒なことになりそうだったんで…」
紅葉は自身の分の缶コーヒーを片手で器用に空けると、近くの椅子に腰掛けた。
「面倒なこと?」
なんのことか想像できない千里は首を傾げる。
「んなことより、なんか手伝う?」
紅葉は千里の机に山積みなった資料を指さす。
「え、いいの?」
紅葉は千里の部下にあたるが、圧倒的な仕事の早さから、一課の中では一目置かれている存在だ。
また、モデルのようなスタイルと端正な顔立ちで警視庁内の女子を一瞬で虜にしたのは記憶に新しい。
「じゃあ、この前の事件資料、整理してもらってもいいかな?」
千里は机からいくつかのファイルを紅葉に手渡すと、紅葉は「オッケー」と返事を返した。
この紅葉薫、最初こそ少々取っ付きずらい雰囲気の男であったが話してみると意外とフレンドリーに接してくれる。しかし、そのことを警視庁内の同僚に話すと皆口を揃えて「それは千里ちゃん限定だ」という。
紅葉が加わったお陰で、千里の仕事は思ったよりも早く片付けることが出来た。お陰で今日は久々に帰宅できそうである。
千里は最後のファイルをまとめ終えると、その場にいた部下全員に「お疲れ様、今日は帰りましょう」と号令をかけた。その言葉に先ほどまで暗い雰囲気だった職場内に明るさが戻る。
みんな一斉に帰り支度を済ませ、各々が「お疲れ様です」と言って一課の部屋を後にする。
千里も身支度を済ませると、今だに帰る様子のない紅葉に声をかける。
「紅葉もありがとね」
小さくぺこりとお辞儀をすると、紅葉は僅かに微笑んで椅子から立ち上がった。どうやら、千里のことを待っていたらしい。
「そういえば、この前の事件ようやく犯人が捕まって良かったね。これで被害に遭われた方も一安心だわ」
千里は紅葉の隣を歩きながら先日捕まえた犯人について話す。紅葉は一直線に前を見ながら千里の話に耳を傾ける。
「それでね、この前高橋君が内藤警部にこっ酷く怒られちゃって、もうその後のフォローが大変でさ」
他愛もない話をしながら一階のフロアに辿り着くと、紅葉が突然立ち止まった。千里も同じように足を止めると「どうしたの?」と声をかける。
「クソ、まだ居やがる」
どこか不機嫌そうな様子で、そう答えた紅葉の視線の先には小さな紙袋を抱えた数人の女子社員が入り口付近で立ち止まっているのが見えた。
「知り合い?」
千里は尋ねる。
「んなわけねぇ」
そこで千里は彼女達の正体を理解する。
「まさか、ファンの子達?」
ファンという言葉に紅葉は眉間に皺を寄せる。
「だから知らねえ奴だって」
この年齢になって、ファンというのもおかしな話ではあるが、天性のルックスを兼ね備えた彼には一定多数のファンが存在する。それは社内、社外問わずで、気を抜けばそのファンに取り囲まれ、たちまちどこぞのアイドルと化してしまうのが彼の最大の悩みだった。
先ほど紅葉が面倒なことと言っていたのはこの事だったのか。
「さっきからずっと、あそこに居て帰れねぇ」
「お疲れ様って言って通り過ぎればいいんじゃない?」
「んなことしたら、勘違いされる」
「好きな子いるからとか、なんとか言って断ればいいじゃない」
「…」
正直、千里には人気者の気持ちはわからない。
好意を持ってくれるだけ嬉しいのではないだろうかとも思うが、それは自分のような日陰者だけなのかもしれない。
「じゃあ先輩、手繋いでいい?」
「へ?」
突然の提案に変な声がでた。
「な、な、ななな何言ってるの!ダメに決まってるでしょ!」
一体、何を言い出すかと思えば、千里は慌てて紅葉から距離を取る。
「んな、嫌がらなくても…」
どこかしゅんとした様子で紅葉は肩を落とす。
「あ、あのね!貴方と手なんか繋ごうもんなら警視庁の女子全員を敵に回すことになるのわかってる?
」
千里はあたふたと説明する。ただでさえ紅葉は目立つのだ。変な噂なんて立てられたら、たまったものではない。
「別に、いいんじゃね?そっちの方が楽だし」
首筋を掻きながら紅葉は面倒くさそうに答える。
「楽なのはあんただけでしょうが…」
千里は疲れた表情を浮かべると、何か思いついたのかポンと手をひとつ叩いた。
「そうだ!、表出口がダメなら裏口から出ちゃえばいいじゃない!」
そう言って千里は紅葉の腕を引っ張る。嫌と言っていた割に大胆な行動をとる千里に紅葉は内心驚いた。
(嫌じゃねぇのかよ…)
二人は裏側にある従業員専用の出入口まで向かう。しかし、後少しで到着というときに、紅葉が思い切り腕を引っ張った。
「な、何?」
突然の行動に慌てて振り向くと、またもや鋭い目つきで裏口を睨みつける。
慌てて裏口の方を見ると、なんとそこにも紅葉の出待ちファンが数名待機していた。
どうやら、紅葉が裏口から回って出てくるのを先読みしていたらしい。
「まるで、狩りみたいね」
呆れを通り越して、関心する千里に「何が狩りだ」と突っ込みを入れる。
暫く様子を伺って見ようかとも思ったが、時刻は既に十二時を回ろうとしている。せっかく、自宅に帰れる機会を失いたくはない千里は必死に頭を回転させる。そして、一つの解決策を導き出した。
「前も後ろも駄目なら横に行けばいいのよ!」
またもや意味不明なことを話す千里に紅葉は首を傾げる。
「まさか、ベランダから出るとか言わねぇだろうな」
「まさか、そんなことしなくてもいいように、非常時に出れる場所がもう一つあるでしょ?」
「…」
そうして、千里に引っ張られ辿り着いた先には警視庁にある普通の非常口であった。
「横っつうか、ただの非常口じゃん」
「ただの非常口、されど非常口」
どこかキメ顔でそう語る千里に紅葉はため息を吐く。
「まぁ、でも、流石にここには居なさそうだな」
あたりを警戒してみるが人の気配はまるで感じられない。
「さ、さ、早く帰りましょ」
千里はようやく帰れる安堵感に、勢いよく非常口の扉を引いた。
その時だったー
「うわ!!」
突然大きな人影が千里の体目掛けて倒れ込む。
咄嗟のことにバランスを崩した千里はそのまま紅葉の体へと倒れ込んだ。なんとか千里の体を受け止めた紅葉だったが、二人分の体重を支えることはできずに、そのまま全員でバランスを崩して床へと雪崩れ込んでしまう。
「痛ってぇ…」
紅葉は起き上がりながら頭をさする。千里も慌てて身を起こすと、目の前に倒れ込んできた男性の安否を確認する。
「す、すみません!大丈夫ですか?」
何故か背中側から倒れ込んでいた男は、体を起こすと、腰あたりをさすりながら、千里達の方へと振り向いた。
その姿に千里は唖然とする。
「…大丈夫だけど、あんたは?」
聞き覚えのある声に千里は生唾を飲みこむ。
身体中から変な汗が吹き出し、何故か胃の辺りがキリキリと痛くなる。
心臓は自分でも驚くほど跳ね上がり、先ほどより呼吸が荒くなる。
忘れるはずもない。
その声は紛れもなく、千里が学生時代恋焦がれた相手、蓮見律のものであった。