アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
 紅葉の言葉に千里は泳がせていた視線を紅葉へと戻す。

 そうだ。彼も後輩と言いながら、ちゃんとした刑事だ。少なくとも千里より頭の回転が早く器用な男である。そんな男に隠し事が通るわけが無い。

 「じ、実は…」

 千里はあの日、張り込み現場で起きた全ての事を紅葉に告白した。

 「…あんにゃろう」

 紅葉は千里から全てを聞き出すと、思い切り手元にあったビールを一気に飲み干す。

 「それって、セクハラだよな。内藤さんに話した方がいいと思うけど」

 酒のせいかいつもの後輩口調では無く、普通に会話をする紅葉に千里は何故か怖さを感じる。

 「で、でも、私も拒めなかったから…」

 もっと本気で拒んでいれば、セクハラも話が通るが、正直な話、少し喜んでしまっている自分がいた事は事実だ。

 「拒まなかったの?」

 「うん…」

 「なんで?」

 「なんでって…」

 容赦なく質問を詰めてくる紅葉に千里は戸惑う。これではまるで尋問のようだ。

 「それは、その…」

 「何?、はっきり言えよ」

 「だから、その…」

 いつもより、高圧的な態度の紅葉に千里の目頭が熱くなる。何故こんなこと聞かれなくてはいけないのか、紅葉は関係ないではないか。

 「あ、貴方には関係無いじゃない…」

 「関係なくねぇ…!」

 瞳を潤ませながら、何とか反論すると紅葉は物凄い剣幕で千里の腕を掴んだ。

 「関係なくねぇ、蓮見にキスされただと?、拒めなかっただと?いい加減にしろよ。こっちがどんな気持ちでお前の話聞いてると思ってんだ」

 どこか苦しそうにそう話す紅葉にいよいよ千里の瞳から涙が溢れる。

 「怖いよ、紅葉…なんでそんな怒るの?」

 「あんたが好きだからに決まってんだろうが!」

 突然、紅葉の口から放たれた言葉に千里は目を見開く。こんな必死な顔の紅葉を今までに見たことがあるだろうか。

 「え…」

 「あんたが好き。ずっと昔から」

 紅葉は顔を真っ赤にして答える。ようやくその言葉の意味を理解し始めた千里は徐々に頬を染め上げる。

 「な、な、な、何言ってるの?!お酒飲み過ぎて遂に変になっちゃった?」

 千里は慌てて紅葉に掴まれた腕を振り払う。

 「変じゃねぇ…、俺はこんくらいじゃ酔わねぇよ」

 少し挑発的にそう答える紅葉の姿に、千里の脈拍が跳ね上がる。

 「う、嘘よ。あんたいつもそんな事言わないもん」

 「素面が良かった?」

 「いや、そういう意味じゃなくて!」

 いつもと様子の違う紅葉に千里は戸惑う。ただでさえ顔がイケメンなのだ。そんなイケメンが顔を赤くしておかしなことを言うものだから、変な動悸が収まらない。

 「で、どーすんの?」

 「どーすんのって…」

 「俺にするの?蓮見にするの?」

 紅葉は再び酒を煽ると、千里の掌に自分の指を絡める。

 「そ、そんな事聞かれても…」

 「へー、悩むんだ。俺はてっきり蓮見一択だと思ってた」

 紅葉は意地悪そうに微笑む。今までは従順な後輩を演じていただけで、どうやらこちらの方が本心のようだ。

 「そ、そりゃ蓮見君の事は好きだけど…」

 「自信ないの?」

 「まぁ、元々憧れの人だったし…」

 どう考えても釣り合うとは思えない千里は視線を逸らす。

 「先輩は可愛いよ」

 「え?」

 「蓮見には勿体ねぇ」

 先ほどとは違い、優しい表情で口元に笑みを浮かべる紅葉に千里は頬を染める。
 
 「あ、ありがとう…」

 「ねぇ、先輩」

 「何?」

 「この後、暇?」

 どこか色っぽい表情でそう尋ねる紅葉に、千里は視線を奪われる。

 「ひ、暇じゃないけど…」

 「じゃあ、この後俺ん家で飲み直そうよ」

 「いや、だから暇じゃ…」 

 「すんません!お会計お願いします!」
 
 「ちょっと…」

 「先輩は外で待ってて。俺、お会計済ませてくるんで」

 そういうと、紅葉は店員から伝票を受け取った。
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