アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
第九章【千里の動揺】
 目が覚める。

 隣には綺麗な男の寝顔。

 意識が徐々に覚醒する中、千里はゆっくりと仰向けに寝返りを打つ。

 (あれ…、私…)

 見慣れぬ天井に千里は慌てて身体を起こす。

 「え、うそ…」

 そこで、改めて昨日の夜に起きた出来事を思い出す。

 (う、嘘…、私…)

 ゆっくりと自身の体に視線を落とす。

 (マズイ…、非常にマズイ…。)

 一糸纏わぬ姿で眠っていた事に気づいた千里は昨晩の出来事が夢では無かった事を思い知る。

 (やってしまった…)

 恋人でも何でもない職場の後輩と、一線を超えてしまった事に千里は頭を抱える。

 正直な話、昨晩は色々なことがありすぎてあまり覚えがない。ましてや、紅葉にキスをされたあたりから千里の意識は少し朦朧としていた。

 千里は隣で眠る紅葉に視線を移す。相変わらず綺麗な顔で眠る男に千里は再び溜め息を吐く。

 このままそっと帰宅する事も考えたが、上がり込んでおいてそれでは失礼かと思い直し、紅葉の肩を揺する。

 「紅葉、紅葉…」

 千里の声に紅葉の眉がピクリと動く。

 「紅葉、起きて。私そろそろ…」

 帰るね。と言いかけたその時、ベッドから伸びてきた紅葉の手によって再びシーツ中へと引き摺り込まれる。

 「…はよ、先輩」

 再び密着した紅葉の身体に千里は身体を硬直させる。

 「こ、紅葉…ちょっと!」

 後ろからガッチリとホールドされる体制に千里は困った様に声を上げる。

 「もう起きたの?、速ぇな」

 「ちょっと…、耳元で…」

 「ん?何?」

 背後から耳元を執着に攻めてくる紅葉に千里は身じろぐ。しかし、力で叶うはずもなくされるがままになる。

 「ね、ねぇ、紅葉…」

 「何?」

 千里は昨日の出来事が本当であるかどうか確認するため紅葉の方へ寝返りを打つ。

 「いや、そのさ…」

 いざ、事実の確認を取ろうと試みるが面の美しい男に上手く言葉が出てこない。

 「どうした?」

 「いや、だから、その…」

 耳まで真っ赤にしながら何か尋ねようとする千里の様子に紅葉は身体を起こす。

 「んだよ、何かあった?」

 欠伸を噛み殺しながら、グッと伸びをしてベットサイドへと降りた紅葉に、千里は慌ててシーツを手繰り寄せる。しかし、そこで一つの事実に気がつく。

 「あれ…、あんた…服」

 「は?服が何?」

 なんと、紅葉は普通に上下黒のスウェットを身に纏っていた。

 千里は再び自身の身体を確認する。

 「な、なんで、私がスッポンポンで紅葉が服着てるのよ!」

 顔を真っ赤にして、大声をあげた千里にようやく合点がいったのか、紅葉は「あー、そういうことか」と今度は盛大に欠伸をした。

 「何?まさか、俺と一線超えたとでも思ったの?」

 「だ、だって!私裸だし!」

 そう言って混乱する千里に紅葉は珍しくクスクス笑う。

 「たりめーだ。俺のソファで盛大に吐いたんだからな」


 「……は?」

 まさかの、事実に千里は顔を真っ青にする。


 「昨日、俺があんたにキスしてる最中…覚えてねぇの?」

 どうやら、意識が朦朧としていたのは気分が悪かったからの様だ。そして緊張の末、我慢出来ずに全てリバースしてしまったらしい。

 「んで、慌てて風呂場連れてって全部吐かせて…、で、服着替えて貰おうと思ったら風呂場で寝ちまったから…。流石に俺も汚れた服のままベットにあげるのは抵抗があったからな…」

 紅葉は首筋を掻きながら、鮮明に前日に起きた出来事を語ってくれた。

 「ごごご、ごめんなさい!!!」

 千里は再び顔を真っ赤にして頭を下げる。

 「別にいーよ」

 紅葉は対して気にしていないのか呑気に「コーヒーでも飲むか?」と尋ねる。

 「よ、良くない!!ソファ、弁償するから!それから、汚した物のクリーニング代は全部持つから!!」

 千里の言葉に紅葉は再びクスクスと微笑む。

 「別にいーって、どこぞのしらねぇ奴じゃねえんだし…、それに先輩の裸も見れたし…」

 「ぐぬ…」

 裸を見られたことは不覚であったが、昨夜の状況から反論できる理由が見当たらない。

 悔しそうに両目を閉じて項垂れる千里に紅葉は苦笑する。

 「まぁ、でも。どーしてもってんなら、俺と付き合ってよ」

 「へ?」

 再びベッドの上へと登ってきた紅葉に千里はポカンと口を開く。

 「いや、私あんたの部屋で吐いた女よ?」

 普通、そんな姿を見た後に、そんな言葉が出てくるだろうか?

 「知ってる。別に俺、先輩のなら全然平気」

 「あんたさりげに凄い事言うわね…」

 きっと紅葉ファンがこの場にいたら、歓喜するに違いないだろうが、今の千里にとっては恥ずかしい限りである。

 「まぁ、無理にとは言わねぇけど、考えといて」

 そうやって話す紅葉はどこか、いつもより機嫌が良さそうに見える。

 「なんか、機嫌いいね」
 
 すると、その言葉に紅葉は満面の笑みでこう答えた。


 「そりゃ、あんたと一緒に過ごせたから」
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