アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
「蓮見君…」
「……」
「蓮見君ってば…」
やけに静かな蓮見の態度に少しの恐怖を感じる。しかし、先ほどから千里の心は穏やかではない。
何故なら、明らかに怪しい歓楽街のホテルに足を踏み入れているためである。
(ここって…、ラブホじゃ…)
初めての空間に先ほどから何度も蓮見の名を呼ぶが、相変わらず黙り込んだままである。
エントランスで受け取ったキーを蓮見が部屋の鍵穴へと差し込む。ガチャリとこの場に似つかわしくない解錠音に千里の中の緊張が一気に高まっていく。
「は、蓮見君…」
「何か飲む?それとも風呂入る?」
「の、飲み物で…」
扉の前で固まったままの千里に蓮見はクスリと微笑む。
「んな固くなんなくても、別に襲ったりしねぇよ…」
その言葉に、少し緊張の糸がほぐれた千里は静かにベッドの淵へと腰掛ける。
「悪いな…、この時間だとこういうとこしか空いて無くてさ」
蓮見は少し申し訳なさそうに呟く。
「はい、どうぞ」
千里の手にティーカップが渡される。
「ありがとう…」
蓮見は常設された冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出すと、遠慮なくキャップを捻った。
「…」
「…」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「「あのさ」」
ほぼ同時に声を出したことに二人は慌てて顔を見合わせる。
「先、いいよ」
「いや、蓮見君先いいよ」
まるで思春期真っ只中の中学生みたいな反応に二人はおかしくなる。
「じゃあ…、俺から…」
すると蓮見はペットボトルをベットへと頬り投げた。そして、膝に手をついて千里に深く頭を下げる。
「悪かった。この前のことも、さっきの事も。全部俺のせい…」
蓮見の謝罪に千里は驚く。
「この前、我妻にキスしたのは冗談なんかじゃなくて…」
「…」
「ただ、純粋にしたかったんだ…」
(いや、したかったて…)
恥ずかしげもなく本心を打ち明ける蓮見に千里の顔が熱くなる。
「で、その理由なんだけど…」
そういうと蓮見はゆっくりとその場に顔を上げた。心なしか耳元が赤いのは気のせいだろうか?
「それは、その…、ずっと昔からお前の事が好きだったから…」
「は?」
まさかの告白に千里は持っていた飲み物を落としそうになる。
「お前さ、昔俺の試合見に来てくれてただろ?ほら、非常口で俺に倒れてきた日の事覚えてない?」
嬉しいような恥ずかしいような記憶に千里は思わず口を挟む。
「ちょ、ちょっと待って、その日の事はよく覚えてるけど、そこのどこに惚れる要素があったの?それに、貴方美弥先輩と付き合ってたじゃない…」
どうも信じきれない蓮見の発言に千里は冷静に突っ込みを入れる。少女漫画であればここで無抵抗に喜ぶ所だが、30手前の自分にその技は通用しない。それに、確かあの日は史上最悪のファーストコンタクトであったことを記憶している。
「美弥とは幼馴染だったからな。まぁ成り行きで付き合ってた」
蓮見は慌てる様子もなく淡々と答える。
「何よそれ、ちょっと最低よ」
千里は素直に思った事を口にする。
「否定はしねぇ。そう思ってもらって構わねぇよ。でも初恋の相手はお前だから」
蓮見はそういうと、真剣に千里の事を見つめる。
「あ、あの日、私は貴方に迷惑かけたことしか覚えてないんだけど…」
千里の言葉に蓮見は微笑む。
「ああ、そうだっな」
「それのどこに惚れる要素があるのよ…」
すると、蓮見は少し残念そうに肩を落とした。
「俺がお前に惚れたのは初めて会った時。あの時、お前と会うのは実は二回目」
「二回目?」
まさかの事実に千里は首をかしげる。
「初めてお前に会ったのは俺が中学に入学した日…、学校帰りに公園でお前が何人かの男子と言い合いしてるのが目に入ってよ」
その言葉に千里の中で一つの記憶がフラッシュバックする。
「なんかわかんねぇけど、一対多数で危なげだったから俺が仲裁に入ったんだ…」
その言葉に千里の中で一人の男子生徒の姿がぼんやりと思い浮かぶ。
「んで、男ども追っ払ってやったら、真剣な顔つきでサッカーボール知りませんか?っていうから一緒に探してやったんだけど…」
確か、見つからなかったのだ。
「全然見つからなくてよ…、諦めろよって言ったらお前はこういったんだ」
「「駄目、今も必死にボール探してる子がいるから」」
一言一句間違うことなく、千里と蓮見は口を開く。
「そうそう、それ。なんだ覚えてんじゃん…」
蓮見は少し嬉しそうな表情で千里を見つめる。
「あ、あの時、確か私、泣いている男の子のボールを探してて…」
ようやく思い出してきたのか、千里の記憶が鮮明になる。
「そ。んで不覚にも中一の俺はそんなお前に恋しちまったってわけだ」
蓮見は参ったといった様子で髪をかき上げる。
「え、それのどこに…」
「かっこいいじゃん。ヒーローみたいでよ」
「私のかっこいいところに惚れたってこと?」
可愛いではなく、かっこいい部分に惚れられていたことに千里は複雑な気分になる。
「もちろん、それだけじゃねぇよ。いつもさりげなくサッカーの応援来てくれるのとか、廊下ですれ違っても視線を合わせてくれないところとか…」
すべてバレていたことに千里の顔が熱くなる。
「で、でもそんな好意をもってくれてたんなら、話しかけてくれてもよかったじゃない…」
てっきり自分には興味など一切ないと思っていた千里は少し不満げに頬を膨らます。
「しゃあねぇだろ…、特に接点なかったし、同じ中学に居るのがわかったのは非常口でお前がぶっ倒れた時だったし、その後差し入れの一つも寄こさねぇし…」
蓮見の言葉に千里は「だって、蓮見君人気すぎなんだもん」と小さく文句を呟く。
「んで、結局接点持てないまま、大学に進学して、美弥と成り行きで付き合って、足ケガして、捨てられて、まさかの偶然でまたお前に出会ったってわけ…」
蓮見は自嘲君にそういうと、先ほど放り投げたペットボトルを手に取る。
「だから、会えた時は嬉しかった」
「そんな風には見えなかったけど…」
千里は警視庁の非常口で再開した蓮見の姿を思い出す。
「恥ずかしかったんだよ…、唯一自信があったサッカーはやめちまってたし…、新入りだったし…、せっかく会えたのに格好つかねぇとかダサすぎだろ…」
蓮見は片手で口元を覆うと、耳を赤らめて千里の事を見つめる。どうやら彼の言葉に嘘はなさそうだ。
「ほら、俺はちゃんと説明したぞ…、その、お前はどうなの?」
そっぽを向いて恥ずかしそうに尋ねる蓮見に千里の鼓動が早く脈打つ。
「えっと…」
どうなのと聞かれても困ってしまう。
「好きな奴とかいんのかよ…、その…紅葉とか…」
「へ?!」
突然出された紅葉の名前に千里は忘れかけていた先日の出来事を思い出す。
「んだよ…、まさか、本気であいつの事好きだったりする?」
蓮見の質問に千里は動揺する。
「こここ、紅葉なんて、べべべ別にただの後輩」
「お前わかりやすいな…」
少し、呆れた様子の蓮見に千里は慌てて言葉を続ける。
「べべ、別に本当に好きなんかじゃ!…」
すると、次の瞬間、蓮見に勢いよく腕を引っ張られた。
「なんでそんな慌ててんだよ…、まさか、あいつとなんかあった?」
耳元で聞こえる蓮見の声に、千里の体が熱くなる。
「べ、別に、何も…」
すると、蓮見はごく自然に千里の首筋へと手を添える。
「は、蓮見君…?」
よくわからない蓮見の行動に千里は戸惑う。
「本当に何もなかったの?」
今度は千里の目を見つめながら先ほどの質問を繰り返す。
「な、何も無いって…」
「嘘…」
「え…?」
蓮見の眼光が鋭くなる。
(いつも犯人を追い詰めるときの顔だ…)
千里はどこか他人事のようにぼんやりとそんなことを考える。
「なんで嘘つくの?」
「嘘なんか…」
「何があった?」
まるでこちらの話を聞く気が無いのか蓮見は尚も質問を続ける。
「何って…、別に…」
「キスされた?」
「…」
的を得た質問に千里は何も答えられなくなる。
「それとも、あいつと寝たの?」
どうしてこうも、彼らは嘘を見抜くのが得意なのか。
千里はこの時、蓮見が自分の脈拍から嘘を見抜いていた事に気づくことが出来なかった。
困った千里は、そのまま押し黙る。
「へー、黙るんだ」
すると、蓮見は突然千里の体を抱き上げベッドの上へと組みしだいた。
「ちょっ、蓮見君?!」
千里は慌てて体を起こそうとするが、蓮見はそれを拒むように千里の両腕を押さえつける。
「駄目、逃がさない」
まるで獲物を捕らえたような蓮見の視線に千里の身体が硬直する。
「ねぇ、なんで俺に嘘つくの?」
「なんでって…」
「昔のお前はもっと俺に素直だったよな」
「え…」
「もっと、分かりやすくて可愛かった…」
「何を…」
「我妻…、昔みたいにもっと俺だけを見てよ」
蓮見はそういうと、千里の額へと口づける。
「蓮見君?…」
思わず目をつむった千里であったが、予想と違う蓮見の行動に思わず名前を呼んでしまう。
「んだよ…、口にしたらお前怒るだろ?…」
蓮見の言葉に千里は目を見開く。
「で?、紅葉とは寝たの?」
蓮見の視線が再び鋭くなる。
「ま、まさか……、告白されてキスされただけ…、その後、私気分悪くなって吐いちゃって…」
それで迷惑をかけたまま寝てしまったことを素直に白状する。すると、蓮見は何とも言えない表情で千里のことを見つめている。
「そ、その、だから…私別に…」
「紅葉とは寝ていない」と答えようとした次の瞬間、蓮見は我慢できないといった様子で盛大に噴き出した。
「お前…、お前…、面白過ぎんだろ…」
目じりに涙を溜めながら思い切り笑う蓮見に千里は恥ずかしくなる。
「しょ、しょうがないじゃない!!お酒入ってて気持ち悪かったんだから!!」
あまり飲んではいないとはいえ、疲労や緊張がピークに達してしまったのだから仕方がない。
「でもよ、キスして吐かれた紅葉は相当ビビっただろうな!あーおかし!」
「そんなことないわ、それでも好きですって言ってくれたもん!」
千里は笑い転げる蓮見に少しムキになって答える。
「へー、そうなんだ。で?どうすんの?あいつと付き合うの?」
再び真剣な表情に戻った蓮見は相変わらず千里を組みしだいたまま尋ねる。
「それは…」
正直、蓮見も紅葉も自分にとっては大事な部下である。いくら初恋の相手だからといって無邪気に喜べるものでもない。
「ちなみに、変な倫理観とか気にするのは無しだぜ?お前の本音が聞きたい」
「私の本音?」
「そう。お前の本音。お前はどうしたいの?誰と一緒にいて、何をして、どういう人生を生きるのが幸せなの?」
「…」
蓮見の質問に何故か目頭が熱くなる。
どうすれば幸せ?
そんなこと、生まれてこの方一度も考えたことはなかった。
千里は思わず顔を背ける。
蓮見のように運動神経がいいわけでもない。
紅葉のように器用でもない。
美弥先輩のように容姿に恵まれているわけでもない。
だから人一倍勉強して、安定した職に就いて、普通に生きようと思った。しかし、それが幸せだったかどうかは、今となってはもうわからない。
千里の瞳から何故か、涙が溢れ出す。
小さい頃の自分はもっと自分の心に素直だった。でも、思春期を迎え、大人へと成長していくにつれ社会に合わせることだけを考えて生きてきた。
だから、みんなの前では大人な自分を演じて見せた。
(嫌われたくなかったから)
男なんか興味ないといったキャラクターを作り上げた。
(傷つくのが怖かったから)
わき目も降らず普通であることに固執し続けた。
(自信がなかったから)
千里はまるで幼い少女に戻ったように泣きじゃくる。
本当はシンデレラのようになりたかった。天真爛漫なまま、ありのままでも愛してくれる王子様に憧れていた。
強がらなくても、男と張り合わなくても、ただそのままの自分を受け入れてくれる優しい人に愛されたかった。
号泣する千里を蓮見は覆いかぶさるように抱きしめる。
「我妻、お前の本音を聞かせてよ…」
「ッ…私は、私は」
ずっと憧れていた。
ずっと恋焦がれていた。
ずっと手が届かないと思っていた。
「…ずっと…ずっと…」
会いたかった。
話してみたかった。
抱きしめて欲しかった。
「…ずっと貴方に愛されたかった」
「……」
「蓮見君ってば…」
やけに静かな蓮見の態度に少しの恐怖を感じる。しかし、先ほどから千里の心は穏やかではない。
何故なら、明らかに怪しい歓楽街のホテルに足を踏み入れているためである。
(ここって…、ラブホじゃ…)
初めての空間に先ほどから何度も蓮見の名を呼ぶが、相変わらず黙り込んだままである。
エントランスで受け取ったキーを蓮見が部屋の鍵穴へと差し込む。ガチャリとこの場に似つかわしくない解錠音に千里の中の緊張が一気に高まっていく。
「は、蓮見君…」
「何か飲む?それとも風呂入る?」
「の、飲み物で…」
扉の前で固まったままの千里に蓮見はクスリと微笑む。
「んな固くなんなくても、別に襲ったりしねぇよ…」
その言葉に、少し緊張の糸がほぐれた千里は静かにベッドの淵へと腰掛ける。
「悪いな…、この時間だとこういうとこしか空いて無くてさ」
蓮見は少し申し訳なさそうに呟く。
「はい、どうぞ」
千里の手にティーカップが渡される。
「ありがとう…」
蓮見は常設された冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出すと、遠慮なくキャップを捻った。
「…」
「…」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「「あのさ」」
ほぼ同時に声を出したことに二人は慌てて顔を見合わせる。
「先、いいよ」
「いや、蓮見君先いいよ」
まるで思春期真っ只中の中学生みたいな反応に二人はおかしくなる。
「じゃあ…、俺から…」
すると蓮見はペットボトルをベットへと頬り投げた。そして、膝に手をついて千里に深く頭を下げる。
「悪かった。この前のことも、さっきの事も。全部俺のせい…」
蓮見の謝罪に千里は驚く。
「この前、我妻にキスしたのは冗談なんかじゃなくて…」
「…」
「ただ、純粋にしたかったんだ…」
(いや、したかったて…)
恥ずかしげもなく本心を打ち明ける蓮見に千里の顔が熱くなる。
「で、その理由なんだけど…」
そういうと蓮見はゆっくりとその場に顔を上げた。心なしか耳元が赤いのは気のせいだろうか?
「それは、その…、ずっと昔からお前の事が好きだったから…」
「は?」
まさかの告白に千里は持っていた飲み物を落としそうになる。
「お前さ、昔俺の試合見に来てくれてただろ?ほら、非常口で俺に倒れてきた日の事覚えてない?」
嬉しいような恥ずかしいような記憶に千里は思わず口を挟む。
「ちょ、ちょっと待って、その日の事はよく覚えてるけど、そこのどこに惚れる要素があったの?それに、貴方美弥先輩と付き合ってたじゃない…」
どうも信じきれない蓮見の発言に千里は冷静に突っ込みを入れる。少女漫画であればここで無抵抗に喜ぶ所だが、30手前の自分にその技は通用しない。それに、確かあの日は史上最悪のファーストコンタクトであったことを記憶している。
「美弥とは幼馴染だったからな。まぁ成り行きで付き合ってた」
蓮見は慌てる様子もなく淡々と答える。
「何よそれ、ちょっと最低よ」
千里は素直に思った事を口にする。
「否定はしねぇ。そう思ってもらって構わねぇよ。でも初恋の相手はお前だから」
蓮見はそういうと、真剣に千里の事を見つめる。
「あ、あの日、私は貴方に迷惑かけたことしか覚えてないんだけど…」
千里の言葉に蓮見は微笑む。
「ああ、そうだっな」
「それのどこに惚れる要素があるのよ…」
すると、蓮見は少し残念そうに肩を落とした。
「俺がお前に惚れたのは初めて会った時。あの時、お前と会うのは実は二回目」
「二回目?」
まさかの事実に千里は首をかしげる。
「初めてお前に会ったのは俺が中学に入学した日…、学校帰りに公園でお前が何人かの男子と言い合いしてるのが目に入ってよ」
その言葉に千里の中で一つの記憶がフラッシュバックする。
「なんかわかんねぇけど、一対多数で危なげだったから俺が仲裁に入ったんだ…」
その言葉に千里の中で一人の男子生徒の姿がぼんやりと思い浮かぶ。
「んで、男ども追っ払ってやったら、真剣な顔つきでサッカーボール知りませんか?っていうから一緒に探してやったんだけど…」
確か、見つからなかったのだ。
「全然見つからなくてよ…、諦めろよって言ったらお前はこういったんだ」
「「駄目、今も必死にボール探してる子がいるから」」
一言一句間違うことなく、千里と蓮見は口を開く。
「そうそう、それ。なんだ覚えてんじゃん…」
蓮見は少し嬉しそうな表情で千里を見つめる。
「あ、あの時、確か私、泣いている男の子のボールを探してて…」
ようやく思い出してきたのか、千里の記憶が鮮明になる。
「そ。んで不覚にも中一の俺はそんなお前に恋しちまったってわけだ」
蓮見は参ったといった様子で髪をかき上げる。
「え、それのどこに…」
「かっこいいじゃん。ヒーローみたいでよ」
「私のかっこいいところに惚れたってこと?」
可愛いではなく、かっこいい部分に惚れられていたことに千里は複雑な気分になる。
「もちろん、それだけじゃねぇよ。いつもさりげなくサッカーの応援来てくれるのとか、廊下ですれ違っても視線を合わせてくれないところとか…」
すべてバレていたことに千里の顔が熱くなる。
「で、でもそんな好意をもってくれてたんなら、話しかけてくれてもよかったじゃない…」
てっきり自分には興味など一切ないと思っていた千里は少し不満げに頬を膨らます。
「しゃあねぇだろ…、特に接点なかったし、同じ中学に居るのがわかったのは非常口でお前がぶっ倒れた時だったし、その後差し入れの一つも寄こさねぇし…」
蓮見の言葉に千里は「だって、蓮見君人気すぎなんだもん」と小さく文句を呟く。
「んで、結局接点持てないまま、大学に進学して、美弥と成り行きで付き合って、足ケガして、捨てられて、まさかの偶然でまたお前に出会ったってわけ…」
蓮見は自嘲君にそういうと、先ほど放り投げたペットボトルを手に取る。
「だから、会えた時は嬉しかった」
「そんな風には見えなかったけど…」
千里は警視庁の非常口で再開した蓮見の姿を思い出す。
「恥ずかしかったんだよ…、唯一自信があったサッカーはやめちまってたし…、新入りだったし…、せっかく会えたのに格好つかねぇとかダサすぎだろ…」
蓮見は片手で口元を覆うと、耳を赤らめて千里の事を見つめる。どうやら彼の言葉に嘘はなさそうだ。
「ほら、俺はちゃんと説明したぞ…、その、お前はどうなの?」
そっぽを向いて恥ずかしそうに尋ねる蓮見に千里の鼓動が早く脈打つ。
「えっと…」
どうなのと聞かれても困ってしまう。
「好きな奴とかいんのかよ…、その…紅葉とか…」
「へ?!」
突然出された紅葉の名前に千里は忘れかけていた先日の出来事を思い出す。
「んだよ…、まさか、本気であいつの事好きだったりする?」
蓮見の質問に千里は動揺する。
「こここ、紅葉なんて、べべべ別にただの後輩」
「お前わかりやすいな…」
少し、呆れた様子の蓮見に千里は慌てて言葉を続ける。
「べべ、別に本当に好きなんかじゃ!…」
すると、次の瞬間、蓮見に勢いよく腕を引っ張られた。
「なんでそんな慌ててんだよ…、まさか、あいつとなんかあった?」
耳元で聞こえる蓮見の声に、千里の体が熱くなる。
「べ、別に、何も…」
すると、蓮見はごく自然に千里の首筋へと手を添える。
「は、蓮見君…?」
よくわからない蓮見の行動に千里は戸惑う。
「本当に何もなかったの?」
今度は千里の目を見つめながら先ほどの質問を繰り返す。
「な、何も無いって…」
「嘘…」
「え…?」
蓮見の眼光が鋭くなる。
(いつも犯人を追い詰めるときの顔だ…)
千里はどこか他人事のようにぼんやりとそんなことを考える。
「なんで嘘つくの?」
「嘘なんか…」
「何があった?」
まるでこちらの話を聞く気が無いのか蓮見は尚も質問を続ける。
「何って…、別に…」
「キスされた?」
「…」
的を得た質問に千里は何も答えられなくなる。
「それとも、あいつと寝たの?」
どうしてこうも、彼らは嘘を見抜くのが得意なのか。
千里はこの時、蓮見が自分の脈拍から嘘を見抜いていた事に気づくことが出来なかった。
困った千里は、そのまま押し黙る。
「へー、黙るんだ」
すると、蓮見は突然千里の体を抱き上げベッドの上へと組みしだいた。
「ちょっ、蓮見君?!」
千里は慌てて体を起こそうとするが、蓮見はそれを拒むように千里の両腕を押さえつける。
「駄目、逃がさない」
まるで獲物を捕らえたような蓮見の視線に千里の身体が硬直する。
「ねぇ、なんで俺に嘘つくの?」
「なんでって…」
「昔のお前はもっと俺に素直だったよな」
「え…」
「もっと、分かりやすくて可愛かった…」
「何を…」
「我妻…、昔みたいにもっと俺だけを見てよ」
蓮見はそういうと、千里の額へと口づける。
「蓮見君?…」
思わず目をつむった千里であったが、予想と違う蓮見の行動に思わず名前を呼んでしまう。
「んだよ…、口にしたらお前怒るだろ?…」
蓮見の言葉に千里は目を見開く。
「で?、紅葉とは寝たの?」
蓮見の視線が再び鋭くなる。
「ま、まさか……、告白されてキスされただけ…、その後、私気分悪くなって吐いちゃって…」
それで迷惑をかけたまま寝てしまったことを素直に白状する。すると、蓮見は何とも言えない表情で千里のことを見つめている。
「そ、その、だから…私別に…」
「紅葉とは寝ていない」と答えようとした次の瞬間、蓮見は我慢できないといった様子で盛大に噴き出した。
「お前…、お前…、面白過ぎんだろ…」
目じりに涙を溜めながら思い切り笑う蓮見に千里は恥ずかしくなる。
「しょ、しょうがないじゃない!!お酒入ってて気持ち悪かったんだから!!」
あまり飲んではいないとはいえ、疲労や緊張がピークに達してしまったのだから仕方がない。
「でもよ、キスして吐かれた紅葉は相当ビビっただろうな!あーおかし!」
「そんなことないわ、それでも好きですって言ってくれたもん!」
千里は笑い転げる蓮見に少しムキになって答える。
「へー、そうなんだ。で?どうすんの?あいつと付き合うの?」
再び真剣な表情に戻った蓮見は相変わらず千里を組みしだいたまま尋ねる。
「それは…」
正直、蓮見も紅葉も自分にとっては大事な部下である。いくら初恋の相手だからといって無邪気に喜べるものでもない。
「ちなみに、変な倫理観とか気にするのは無しだぜ?お前の本音が聞きたい」
「私の本音?」
「そう。お前の本音。お前はどうしたいの?誰と一緒にいて、何をして、どういう人生を生きるのが幸せなの?」
「…」
蓮見の質問に何故か目頭が熱くなる。
どうすれば幸せ?
そんなこと、生まれてこの方一度も考えたことはなかった。
千里は思わず顔を背ける。
蓮見のように運動神経がいいわけでもない。
紅葉のように器用でもない。
美弥先輩のように容姿に恵まれているわけでもない。
だから人一倍勉強して、安定した職に就いて、普通に生きようと思った。しかし、それが幸せだったかどうかは、今となってはもうわからない。
千里の瞳から何故か、涙が溢れ出す。
小さい頃の自分はもっと自分の心に素直だった。でも、思春期を迎え、大人へと成長していくにつれ社会に合わせることだけを考えて生きてきた。
だから、みんなの前では大人な自分を演じて見せた。
(嫌われたくなかったから)
男なんか興味ないといったキャラクターを作り上げた。
(傷つくのが怖かったから)
わき目も降らず普通であることに固執し続けた。
(自信がなかったから)
千里はまるで幼い少女に戻ったように泣きじゃくる。
本当はシンデレラのようになりたかった。天真爛漫なまま、ありのままでも愛してくれる王子様に憧れていた。
強がらなくても、男と張り合わなくても、ただそのままの自分を受け入れてくれる優しい人に愛されたかった。
号泣する千里を蓮見は覆いかぶさるように抱きしめる。
「我妻、お前の本音を聞かせてよ…」
「ッ…私は、私は」
ずっと憧れていた。
ずっと恋焦がれていた。
ずっと手が届かないと思っていた。
「…ずっと…ずっと…」
会いたかった。
話してみたかった。
抱きしめて欲しかった。
「…ずっと貴方に愛されたかった」