アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
暫く、何かに魅入られたように固まる千里に蓮見は困ったように顔を覗き込む。
「おい、大丈夫か?」
あまりに突然の再会に、なんと返していいのわからない。
どこか打ったのかと心配になった蓮見は、未だ床に座り込む千里を起こそうと手を差し出す。しかし、それは紅葉の手によって遮られた。
「てめぇ、危ねぇだろ」
先ほどとは打って変わって敵意を剥き出しにする紅葉に蓮見も顔を顰める。
「危ねぇのはあんたらだろ。突然勢いよく開きやがって…俺はここで人を待ってただけだ」
「こんな深夜に待ち合わせか」
「深夜に待ち合わせちゃいけねぇ理由でもあんのかよ」
蓮見はポケットに手を突っ込むと、紅葉を睨みつける。
「ここは警視庁だ。待ち合わせなら他所でしな」
「あんだと?一々突っかかってくる野郎だな」
二人の間には不穏な空気が流れる。
ようやく、我に返った千里は慌てて紅葉の事を止めに入る。
「紅葉、悪いのは私だから」
まさか、非常口の前に人が立っているとは思わなかった。しかし、以前の自分を思い出すと案外非常口前というのは誰かを待ったりするのに最適なのかもしれない。
「ほんと、すみませんでした。お怪我はありませんでしたか?」
千里は蓮見に頭を下げる。
「別に問題ねぇよ。それよりそいつ、あんたの部下?もっとちゃんと教育した方がいいんじゃねぇの?」
「え…」
なんだか以前の蓮見とは印象が違って少し怖い。
「ほ、本当にすみません。彼には私からよく聞かせますので…」
別に千里が謝る事ではないが、蓮見の威圧感に押されて再度頭を下げてしまう。
「先輩が謝ることねぇ。あんた名前は?あんまり煩ぇと公務執行妨害でしょっ引くぞ」
紅葉の言動が時々チンピラに見えてしまうのは気のせいだろうか。
ポケットに手を突っ込みガンを飛ばすその姿に千里は眉間を押さえる。
「紅葉、やめて。この人は偶々ここに立ってただけだから」
「でも」
「貴方の上司は私でしょ?」
「…」
千里の説得により、紅葉は押し黙る。
千里は再び蓮見に向き直ると、今度は丁寧に頭を下げて謝罪した。
「私の不注意で、こんなことになってしまい本当に申し訳ありません。それから、警察官らしくない言動で貴方を不快な思いにさせてしまったことも大変申し訳なく思っています。もし、お怒りが治らないようでしたら、後日時間を改めてお話しする機会を設けさせていただければと思います」
そこまで言うと、千里は胸ポケットから自身の名刺を取り出し蓮見に差し出した。
「こちらに、お電話いただければいつでも対応させていただきます」
まるでどこぞの営業マンのような千里の態度に蓮見は戦意を喪失したのか、名刺を数秒見つめた後、何かを諦めたように小さくため息を吐いた。
「いらねぇよ」
あまり期待はしていなかったが、面と向かって断られるとどこか、悲しい気持ちになる。
「そ、そうですよね…」
「どうせまた、会うことになるからよ」
「え?」
この時はまだ彼の意味することがわからなかった。
結局このやり取りの後、蓮見は何者かからの連絡によってその場を後にした。
私達はお互い無事帰路につくことができたわけだが、千里の頭の中は先ほど再会した蓮見の事でいっぱいだった。
何故あの場所にいたのか、
何故今頃再開したのか、
何故あんなにイラついていたのか、
この時の千里には何も分からなかった。
ただ、一つだけ理解できたのは彼が自分のことを一ミリも覚えていなかったことだ。
(まぁ、そうだよね…)
千里にとっては大きな心踊る思い出だったとしても蓮見にとっては数ある記憶の一つに過ぎない。
きっと、今日再開したことも時間が経てばお互い直ぐに忘れてしまうに違いない。
「じゃあ、私こっちだから」
途中の分かれ道で千里は紅葉に「じゃあね」と声をかける。
「なんか、すんません」
「別に、紅葉君が謝ることじゃないよ」
「あいつ、なんだったんスかね」
「さぁ?、お化けだったりして」
少しおどけて見せる千里の様子に紅葉は微笑む。
この際、彼が誰かなんて忘れることにしよう。お化けにしておけば今日起きたことも、いい思い出になるのかもしれない。
「祟られねぇように、せいぜい気をつけて」
紅葉はそう言うと、千里とは反対の道へと身を翻した。彼にとっても今日は散々な一日だったに違いない。
「ちゃんと、休むんだよー!」
背中ごしに投げかけられた言葉に、紅葉は一瞬立ち止まるも、振り返ることなく右手をひらひらと振って去っていった。