アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
第十一章【不可知の神秘】
身体のあちこちが痛む。
徐々に覚醒していく意識に、千里はゆっくりと重たい瞼を開いた。
眼前には、端正な顔立ちの男が一人。無防備にすやすやと寝息を立てて眠っている。その姿に、改めて昨日の出来事が、嘘では無かったことを実感する。
(私、本当に先輩と…)
昨日の出来事を思い出しながら、千里はその愛しい寝顔を間近で観察する。
よく通った鼻筋。
意外と長いまつ毛。
薄くて形のいい唇。
そして、千里の名を呼ぶ心地良い声。
改めて間近で見つめてみると、この男が紅葉に劣らずいい男であることを再認識させられる。
「んな、見つめられると穴空きそう…」
ふと、耳当たりの良い声が響いた。
千里は思わず口元までシーツを手繰り寄せる。
蓮見はそんな千里を抱き寄せると、嬉しそうに「隠すなよ」と呟いた。
「はよ」
「おはよ」
「俺の顔がそんなにタイプか?」
「べ、別にそんなんじゃ…」
蓮見はおかしそうにクスクスと笑う。どうやら、揶揄われているようだ。
顔を赤くして、反論しようとする千里に蓮見は「昨日はあんな素直だったのに…」と小さく溜め息を吐く。
「そ、それは…!、そもそも襲わないって言ったのに…」
「愛されたいって言ったのはお前だろ」
「な!?、それは蓮見君が…!」
「はい、はい。怒らない、怒らない」
蓮見はポンポンと千里の頭を撫でる。これではまるでどちらが上司かわからない。
「なんか、むかつく…」
「なんで?」
「私の方が上司なのに…」
不貞腐れたように答える千里に、蓮見は苦笑する。
「今更、上司も部下も関係ねぇだろ。それに俺の方が年齢的には年上だ」
「そうだけど…」
「それに、お前の事なんてすぐに追い抜かしてやるよ」
「な?!」
まさかの挑発的な発言に千里は思わずその場に上半身を起こす。
「そんな簡単に、昇進できると思ったら大間違いよ?」
蓮見の軽はずみな発言に千里は釘を刺す。これでも警部に昇進するまで、それなりに年数がかかったのだ。そんな簡単に昇進できるものではないことを懇切丁寧に説明してやる。
すると、蓮見はおかしそうにクスクスと微笑んだ。
「それはお前だからだろ?」
「な!、何よそれ!これでも頑張った方よ」
少し馬鹿にされたことに、千里はムキになって反論する。
「んな怒んなって、冗談だよ」
なおもクスクスと楽しそうに笑う蓮見に千里は言い返す言葉が見当たらない。
あぁ、神様。昨晩のトキメキをお返し下さい。
「そもそも、なんで俺が刑事部に異動になったか知ってるか?」
蓮見は両手を首の後ろに組みながら、何故か勝ち誇ったような態度で尋ねる。
「そ、そんなの、何か問題起こしたとか、とんでもないミスをしでかしたとか、そんなんでしょ?」
自信満々に答える千里に蓮見は呆れた表情を見せる。
「お前の中の俺はなんで、そんな出来が悪いんだよ…」
「だって、貴方問題児じゃない」
「は?俺のどこが?問題児っていったら紅葉のほうだろ」
「紅葉は、貴方が移動してくる前は比較的普通だったわ」
「比較的って、お前な…」
少し紅葉の事が不憫だと思ったのはここだけの話である。
「とにかく、俺はそんな問題児じゃねぇ…。現にお前との捜査ではちゃんと犯人挙げただろうが」
「…まあ、確かに」
嘘ではない事実に千里は渋々納得する。
「じゃ、じゃあ、なんで刑事部なんかに移動してきたのよ…」
千里は再び蓮見の隣に寝転ぶと、少し不満げに尋ねた。
「まあ、俺が優秀すぎるから?」
「パパの推薦とか言ったら叩くわよ」
「んなわけねぇだろ!」
どこか、怪訝な表情で呟く千里に蓮見は思い切り反論する。
「あのな…、こう見えて仕事はちゃんと取り組んできたタイプなんだよ。俺は」
「その割には無茶苦茶な報告書上げてたけど?」
「じゃあ、お前は報告書が完璧に書けて犯人挙げられない刑事と、報告書は少し適当だが、ちゃんと犯人挙げられる刑事、どっちに捜査頼みたいんだよ」
蓮見の質問に千里は「そんなの、報告書もちゃんと書けて、犯人も挙げられる刑事に決まってるじゃない」と正論をぶちかます。
「いや、まぁ、そうなんだけどよ…」
相変わらず、冗談の通じない上司に蓮見は困った様に目頭を抑える。
「……とにかく!俺はこう見えて交番勤務時代仕事ができた方なんだよ…。そんで、上司から特別推薦貰って刑事部に行かせてもらったわけ!はい、この話終わり!」
半ば、強引に話を締めくくると蓮見は再び千里の腕を引っ張って抱き寄せる。
「ほら、もういいだろ俺の話は…。どうせなら昨日の続きでもしようぜ」
蓮見はそう言うと、再び千里の上へと覆い被さる。綺麗に引き締まった身体に千里は一瞬、昨日の情事を思い返してしまう。
「バカ言わないで…、明日も仕事」
ただでさえ、体力が無いのだ。こんな続け様に相手なんて出来るわけがない。
「代休溜まってんだろ…」
「そんな暇ない」
頑なに休むことを良しとしない千里に、蓮見は再び溜め息を吐く。
「我妻?、休むのも仕事の内だってこと知ってるか?」
「それは…」
「お前が居なくても会社は回る様にできてるんだよ。だから偶には休んどけ」
蓮見の言葉に千里は顔を顰める。
「でも…」
「そんなに、周りが信頼できないか?」
「そういうわけじゃ…」
「じゃあ、周りに任せとけ。部下を信頼するのも上司の仕事だろ?」
悔しいが、的を得た回答に千里は「わかった」と渋々頷く。
「…」
「んだよ…」
どこか不満そうな千里の様子に蓮見は首をかしげる。
「これじゃ、どっちが上司かわからないわ…」
まるで、機嫌を損ねた子供のような台詞に蓮見は思わず笑みをこぼす。
「だから言ったろ?すぐに追い抜いてやるって」
「だから、そんな簡単に…」
「いや、追い抜くよ。絶対に」
千里はその言葉に目を見開く。
ああ、そうか。
彼はそういう人だった。
きっとまたすぐに追い付けない場所へと行ってしまう。
また手の届かない人になってしまう。
堪らず千里はギュッと蓮見に抱き着く。
「我妻?」
今度は離れたくない。
「どうした?俺またなんか変な事言った?」
少し慌てた様子の蓮見に千里は顔を上げる。
「追い抜かせない」
「は?」
「追い抜かせない。私も一緒に行くから」
そう、今度は一緒に行きたい。
貴方がいる未来に。
憧れるだけの自分はもうやめだ。
私も貴方の見る世界を一緒に見て見たい。
覚悟を決めたような千里の表情に、蓮見は思わず見惚れてしまう。
今思えば、あの時彼女に心を奪われたのは必然だったのかもしれない。
(まったく、お前って奴は…)
蓮見はそっと口元を緩める。
ずっと会いたかった女の子。
初めての気持ちを教えてくれた女の子。
一途に自分だけを見てくれていた女の子。
蓮見の中から千里への愛しさが溢れ出す。
「蓮見君?」
突然、何も喋らなくなってしまった蓮見の頬を千里は不安そうに撫でる。
「蓮見君、私…」
「我妻、お前やっぱかっこいいわ」
蓮見は千里の言葉を遮ると、昔と変わらぬままの人懐っこい笑みを湛えて見せた。
ーEND?ー
【アンノウアブル】
・人知では知ることができないこと。
・認識することが不可能なこと。
・人間の知識や経験の限界を示す。
徐々に覚醒していく意識に、千里はゆっくりと重たい瞼を開いた。
眼前には、端正な顔立ちの男が一人。無防備にすやすやと寝息を立てて眠っている。その姿に、改めて昨日の出来事が、嘘では無かったことを実感する。
(私、本当に先輩と…)
昨日の出来事を思い出しながら、千里はその愛しい寝顔を間近で観察する。
よく通った鼻筋。
意外と長いまつ毛。
薄くて形のいい唇。
そして、千里の名を呼ぶ心地良い声。
改めて間近で見つめてみると、この男が紅葉に劣らずいい男であることを再認識させられる。
「んな、見つめられると穴空きそう…」
ふと、耳当たりの良い声が響いた。
千里は思わず口元までシーツを手繰り寄せる。
蓮見はそんな千里を抱き寄せると、嬉しそうに「隠すなよ」と呟いた。
「はよ」
「おはよ」
「俺の顔がそんなにタイプか?」
「べ、別にそんなんじゃ…」
蓮見はおかしそうにクスクスと笑う。どうやら、揶揄われているようだ。
顔を赤くして、反論しようとする千里に蓮見は「昨日はあんな素直だったのに…」と小さく溜め息を吐く。
「そ、それは…!、そもそも襲わないって言ったのに…」
「愛されたいって言ったのはお前だろ」
「な!?、それは蓮見君が…!」
「はい、はい。怒らない、怒らない」
蓮見はポンポンと千里の頭を撫でる。これではまるでどちらが上司かわからない。
「なんか、むかつく…」
「なんで?」
「私の方が上司なのに…」
不貞腐れたように答える千里に、蓮見は苦笑する。
「今更、上司も部下も関係ねぇだろ。それに俺の方が年齢的には年上だ」
「そうだけど…」
「それに、お前の事なんてすぐに追い抜かしてやるよ」
「な?!」
まさかの挑発的な発言に千里は思わずその場に上半身を起こす。
「そんな簡単に、昇進できると思ったら大間違いよ?」
蓮見の軽はずみな発言に千里は釘を刺す。これでも警部に昇進するまで、それなりに年数がかかったのだ。そんな簡単に昇進できるものではないことを懇切丁寧に説明してやる。
すると、蓮見はおかしそうにクスクスと微笑んだ。
「それはお前だからだろ?」
「な!、何よそれ!これでも頑張った方よ」
少し馬鹿にされたことに、千里はムキになって反論する。
「んな怒んなって、冗談だよ」
なおもクスクスと楽しそうに笑う蓮見に千里は言い返す言葉が見当たらない。
あぁ、神様。昨晩のトキメキをお返し下さい。
「そもそも、なんで俺が刑事部に異動になったか知ってるか?」
蓮見は両手を首の後ろに組みながら、何故か勝ち誇ったような態度で尋ねる。
「そ、そんなの、何か問題起こしたとか、とんでもないミスをしでかしたとか、そんなんでしょ?」
自信満々に答える千里に蓮見は呆れた表情を見せる。
「お前の中の俺はなんで、そんな出来が悪いんだよ…」
「だって、貴方問題児じゃない」
「は?俺のどこが?問題児っていったら紅葉のほうだろ」
「紅葉は、貴方が移動してくる前は比較的普通だったわ」
「比較的って、お前な…」
少し紅葉の事が不憫だと思ったのはここだけの話である。
「とにかく、俺はそんな問題児じゃねぇ…。現にお前との捜査ではちゃんと犯人挙げただろうが」
「…まあ、確かに」
嘘ではない事実に千里は渋々納得する。
「じゃ、じゃあ、なんで刑事部なんかに移動してきたのよ…」
千里は再び蓮見の隣に寝転ぶと、少し不満げに尋ねた。
「まあ、俺が優秀すぎるから?」
「パパの推薦とか言ったら叩くわよ」
「んなわけねぇだろ!」
どこか、怪訝な表情で呟く千里に蓮見は思い切り反論する。
「あのな…、こう見えて仕事はちゃんと取り組んできたタイプなんだよ。俺は」
「その割には無茶苦茶な報告書上げてたけど?」
「じゃあ、お前は報告書が完璧に書けて犯人挙げられない刑事と、報告書は少し適当だが、ちゃんと犯人挙げられる刑事、どっちに捜査頼みたいんだよ」
蓮見の質問に千里は「そんなの、報告書もちゃんと書けて、犯人も挙げられる刑事に決まってるじゃない」と正論をぶちかます。
「いや、まぁ、そうなんだけどよ…」
相変わらず、冗談の通じない上司に蓮見は困った様に目頭を抑える。
「……とにかく!俺はこう見えて交番勤務時代仕事ができた方なんだよ…。そんで、上司から特別推薦貰って刑事部に行かせてもらったわけ!はい、この話終わり!」
半ば、強引に話を締めくくると蓮見は再び千里の腕を引っ張って抱き寄せる。
「ほら、もういいだろ俺の話は…。どうせなら昨日の続きでもしようぜ」
蓮見はそう言うと、再び千里の上へと覆い被さる。綺麗に引き締まった身体に千里は一瞬、昨日の情事を思い返してしまう。
「バカ言わないで…、明日も仕事」
ただでさえ、体力が無いのだ。こんな続け様に相手なんて出来るわけがない。
「代休溜まってんだろ…」
「そんな暇ない」
頑なに休むことを良しとしない千里に、蓮見は再び溜め息を吐く。
「我妻?、休むのも仕事の内だってこと知ってるか?」
「それは…」
「お前が居なくても会社は回る様にできてるんだよ。だから偶には休んどけ」
蓮見の言葉に千里は顔を顰める。
「でも…」
「そんなに、周りが信頼できないか?」
「そういうわけじゃ…」
「じゃあ、周りに任せとけ。部下を信頼するのも上司の仕事だろ?」
悔しいが、的を得た回答に千里は「わかった」と渋々頷く。
「…」
「んだよ…」
どこか不満そうな千里の様子に蓮見は首をかしげる。
「これじゃ、どっちが上司かわからないわ…」
まるで、機嫌を損ねた子供のような台詞に蓮見は思わず笑みをこぼす。
「だから言ったろ?すぐに追い抜いてやるって」
「だから、そんな簡単に…」
「いや、追い抜くよ。絶対に」
千里はその言葉に目を見開く。
ああ、そうか。
彼はそういう人だった。
きっとまたすぐに追い付けない場所へと行ってしまう。
また手の届かない人になってしまう。
堪らず千里はギュッと蓮見に抱き着く。
「我妻?」
今度は離れたくない。
「どうした?俺またなんか変な事言った?」
少し慌てた様子の蓮見に千里は顔を上げる。
「追い抜かせない」
「は?」
「追い抜かせない。私も一緒に行くから」
そう、今度は一緒に行きたい。
貴方がいる未来に。
憧れるだけの自分はもうやめだ。
私も貴方の見る世界を一緒に見て見たい。
覚悟を決めたような千里の表情に、蓮見は思わず見惚れてしまう。
今思えば、あの時彼女に心を奪われたのは必然だったのかもしれない。
(まったく、お前って奴は…)
蓮見はそっと口元を緩める。
ずっと会いたかった女の子。
初めての気持ちを教えてくれた女の子。
一途に自分だけを見てくれていた女の子。
蓮見の中から千里への愛しさが溢れ出す。
「蓮見君?」
突然、何も喋らなくなってしまった蓮見の頬を千里は不安そうに撫でる。
「蓮見君、私…」
「我妻、お前やっぱかっこいいわ」
蓮見は千里の言葉を遮ると、昔と変わらぬままの人懐っこい笑みを湛えて見せた。
ーEND?ー
【アンノウアブル】
・人知では知ることができないこと。
・認識することが不可能なこと。
・人間の知識や経験の限界を示す。