アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
第三章【飽和状態】
 翌日の警視庁捜査一課はいつにもまして、騒がしかった。千里はとある事件現場に招集されていたのだが、上長からの緊急を要する連絡により仕方なく一つの会議室前で立ち止まる。

 (事件よりも急を要する話って何かしら?)

 少し緊張した面持ちで扉をノックする。室内から「どうぞ」と言う声が聞こえると、千里は失礼しますと扉を開けた。

 そこには二人の男が立っていた。

 一人はよく見知った顔の男で、今朝方千里に電話をかけてきた相手だ。名を内藤という。

 もう一人は…

「すまんね、こんな朝早くに」

 内藤は千里に謝罪する。

 呆気に取られていた千里はすぐに我に変えると「いえ、とんでもございません」と背筋を正した。

 内藤は一課を取りまとめる立場の人間で千里や紅葉の直属の上司にあたる。

「こんな忙しい時期に悪いんだが、君に面倒を見てやってほしい奴がいてね」

 内藤はそういうと、もう一人の男に視線を送る。男はそれに気づくと、面倒くさそうに一歩前へと出る。そして、

「この度、警視庁捜査一課に配属となりました蓮見律です」

 と挨拶をした。

 (は?)

 千里は内心何が何だか分からない。

 (配属?)
 (ってか警察官?)
 (え?なんで?)
 (先輩が?)

 いくつものクエスチョンマークを浮かべて固まっていると、内藤が丁寧に説明を付け加える。

「彼は先週まで交番勤務だったんだが、急遽移動になったんだ」

 そんなことってあるのか。

 本来、警察官は警察学校を卒業すると2.3年の交番勤務を経て異動となる場合が多い。しかし、内藤の話によると彼はまだ警察学校を出て一年足らずだという。

 「こ、こんなことは異例のように思いますが…」

 千里は思ったことを口にする。
 どう考えたって裏の何かが動いているような気がしてならない。

 「まぁ、とにかく。我妻、お前が面倒を見てやってくれ」

 上司の鶴の一声に千里は返す言葉もなく、渋々蓮見を引き連れて会議室を後にした。

 「…」

 「…」

 流石に昨日の出来事を忘れているはずもなく、お互いどこか気まずい雰囲気に沈黙する。

 それに面倒を見ると言っても、今日の千里は現場での仕事が山積みになっている。このまま一緒に連れていくのも悪くないが、まだ右も左も分からない新人を現場に連れていくのは少し不安な気もする。しかし、このまま警視庁に残しておくのも不安でならない。何故かと言うと…

 「先輩、おはようございます…?」

 そう。この男、紅葉薫がデスクにいるからだ。

 紅葉は本日現場に出むくはずの千里に疑問符を浮かべながら挨拶をする。それと同時に、後ろにいた男の存在に気がつくと、明らかに不機嫌そうな顔をした。

 「…」

 何故か浮気現場を直撃されたような気分に陥った千里は勢いよく頭を横に振ると、ひとまず紅葉に蓮見のことを紹介する。

 「今日から、この捜査一課で働くことになった蓮見律捜査官です。訳あって今日から私の部下として働いてもらうことになりました。蓮見捜査官、こちらは捜査一課の紅葉薫捜査官。何かわからないことがあれば彼に聞いて頂戴」

 「…」

 紅葉は顔を顰めたまま蓮見を睨みつける。
 蓮見はと言うと興味なさそうに、明後日の方向を見ている。そして、誰かに気づくと突然その場を離れてしまった。

 「ちょ、ちょっとどこいくの?」

 千里は慌てて呼び戻そうとするが、蓮見は一人の捜査官の前で立ち止まると深々と一礼をする。

 突然の行動に千里は動きを止めると、蓮見は一礼した相手に向かって、「鈴木さん。蓮見律、本日より捜査一課の捜査官として配属されました。その節は色々とご面倒を見ていただき、本当にありがとうございました」と、先ほどとは全く違った態度で挨拶をする。

 鈴木と呼ばれた人物は捜査一課の中でも、ベテランと呼ばれる存在である。

 「おう、蓮見の坊主。よう来たな」

 鈴木はまるで知り合いの息子に声をかけるような気さくさで蓮見の肩を叩く。どうやら、この二人は知り合いであるらしい。

 「はい。色々とご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします。」

 相変わらず固い態度の蓮見に鈴木はカッカッカと大笑いする。

 「んな固くならんでも、千里ちゃんが何でも教えてくれるわ。なあ?千里ちゃん」

 鈴木は困った様子で固まる千里に微笑む。

 「は、はい。まさか鈴木さんとお知り合いだったとは驚きました」

 「なぁに、知り合いも何も、こいつは蓮見警視総監ところのクソガキよ」

 「は?」

 今なんとー?

 「こおんな、小っせぇ頃から知ってるからなぁ」

 鈴木は自身の手を腰くらいの位置に当てると懐かしそうに蓮見の顔を見て微笑む。


 「あ、あなた。蓮見警視総監の息子さんなの?」

 「…」

 「なんで、黙るのよ…」

 「…だったらなんだよ」

 鈴木とは正反対の態度に千里は青筋を立てる。いくら昔の初恋相手といっても、ここまで変わりすぎていると、本当に彼があのサッカーをやっていた蓮見律なのかと疑いたくなってしまう。
 昔の蓮見はもっとこう…気さくで爽やかで、人懐っこい印象があったのだが、その面影は今やどこにも見当たらない。

 「と、とにかく。蓮見君。色々と紹介してあげたいのは山々なんだけど、今日は招集がかかってるから紅葉君と一緒に事務処理を手伝ってもらっていいかしら?」

 「は?何であんな奴と」

 「仕方ないでしょ、今手が空いてるのが彼くらいしかいないんだから」

 「断る…」

 「あなたに拒否権はありません」

 「…」

 千里は蓮見をデスクまで連れていくと、無理矢理、紅葉の隣に腰掛けさせる。

 「はい。じゃあ紅葉君、後は宜しく」

 「先輩は?」

 「私は今朝現場招集が掛かったからそっちに行がなきゃならないの。終わったら戻ってくるからそれまで面倒見てあげて」

 「…」
 「…」

 二人の間に不穏な空気が流れるも、千里はそろそろ現場へと出向かなくてはならない。

 さすがに、ここは警視庁だ。いくら何でも学生の様な馬鹿な騒動を起こしたりはしないだろう。

 半ば強引に、蓮見を紅葉に押しつけると、千里はそのまま警視庁一課を後にした。

(どうか、何も起きません様に)
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