アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
第四章【吊るされた女】
事件現場は警視庁から車で一時間ほどの場所に位置している。被害者は千里とそう歳の変わらない三十代の女性。
出勤時刻を過ぎでも中々出勤してこない上、連絡がつかないことに心配した同僚が今朝方自宅を訪れたところ、部屋の扉が開いており、中から遺体が発見されたとのことだった。
名前は花村唯《はなむら ゆい》、職業はとある会社の事務職員である。
遺体はクローゼットの中に吊るされた状態で見つかった。当初は自殺の線と考えられたが、部屋のカレンダーにはネイルサロンや、美容室などのスケジュールが埋まっており、遺書も見つからなかっために、事件の線で捜査が開始された。
「千里!遅い!」
突然、何者かが千里の名前を大声で呼ぶ。
「す、すみません、凛子さん」
凛子と呼ばれた女性は腰に手を当てると、「あんた、今何時かわかってる?今日もやる事山積みなんだからしっかりして頂戴」といって眉間に皺を寄せる。
彼女の名前は武藤凛子《むとう りんこ》。千里より一回り上の刑事であり、千里の先輩にあたる。
普段から仕事の鬼であり、とても厳しいのだが彼女あってこその捜査と言われるほど周りからの信頼度は高い。言葉こそキツイが彼女ほど頼りになる先輩はいないと千里はとても彼女のことを頼りにしている。
「す、すみません。上長から本庁に寄る様にと指示されましたので…」
「いい訳しない。もし本件が事件なら犯人は未だ野放しということになる。被害者のご家族は昨晩から悲しみで夜も眠れぬ状況だ。貴方の事情で捜査が遅れる様なことはあってはならないとあれだけ説明したはずよ?」
「す、すみません」
理不尽だと思うことはいくつかあるが、それだけ現場は真剣に捜査に取り組んでいるのだ。一人の勝手な都合で足並みを乱すわけにはいかない。
「わかったなら宜しい。じゃあ、まずは近隣住民に聞き込みをお願い」
「き、聞き込みですか…」
「何?」
「い、いえ。聞き込み行ってきます…」
実はこの聞き込み、初動捜査と言われる物の中でも千里が一番苦手とする部類である。
なぜかと言うと…、
「は?知るわけないじゃん。ってか俺これからバイトだから後にしてくんね?」
「な、何でもいいんです。何か怪しい人物とか見かけてませんか?あと、物音とか?」
「だから知らないって言ってんだろ。しつけぇな」
「じゃ、じゃあ何かわかった事があればここに電話してもらって…」
「しつこいよ、お姉さん。俺は何もしらねぇし関わりたくねぇの?わかる?」
「…」
といった風に、もともと小さくて華奢な千里はいつも舐められてしまうのだ。
「か、関わりたくないのはわかりますが、被害者の隣に住んでいた貴方には協力してもらう義務があります」
千里は負けじと、反論する。ここで負けていては証言を聞き出すことはできない。
「ったくしつけぇな!知らねぇっつんてんだろ!」
そう言って男は扉を閉めてしまった。
この様に、聞き込みとは忍耐強い精神力を用する。もちろん、こういった人ばかりではないが、中には今の様に横暴な態度をとる者も一定数存在している。
(こんなことなら、紅葉でも連れてくれば良かった…)
内心そんなことを思いながらも、あの二人は仲良くやっているだろうかと心配になる。
蓮見と紅葉は似た物同士の香りを漂わせているが、根本的にその属性は違う様な気がした。
言うなれば蓮見は本来陽の性質を持ち、紅葉は陰の性質を持つ。故に衝突しあう関係性。しかし、二人で一つといった様なそんな感じ。
きっと協力し合えれば、二人はいいパートナーになれるはずだ。しかし、その考えは理想に過ぎない。
「はぁ。何も起きてなければいいけど…」
千里は目頭を抑えると、次の聞き込みを行うべく、もう一つ隣の部屋へと向かう。
(どうか、次は優しい人でありますように…)
そんなことを心に念じながら、恐る恐るインターホンを鳴らした。
「…」
しかし、一向に住民は出てこない。
(あら、留守かしら?)
千里は再度インターホンを鳴らす。しかし、人が出てくる気配はない。
三度目のインターホンを鳴らした後、千里は緊張していた体から力を抜いた。
いない様であれば仕方あるまい。また、時間を置いて訪ねようと考えていると突然、千里の背後から何者かの腕が伸びた。
そして、次の瞬間…
「おい!居んのはわかってんだ!!出てこい!」
と大声を上げながら、その腕がドアを勢いよく叩き始めた。
千里は驚いて、後ろを振り向く。
「あ、貴方!」
そこにはなんと、紅葉に任せたはずの蓮見がヤーさん顔負けの表情で立っていた。
蓮見は再度ドアを思い切り叩くと、再びこれでもかと大声を張り上げる。
「おい!こら!ささっとしろ!」
ドンドンとまるで何かの取り立ての様に扉を叩く蓮見に、周囲にいた警察官が驚いた表情でこちらを見つめる。
千里は慌てて、蓮見の腕を掴むと扉を叩くのをやめさせた。
「ちょ!ちょっと、何やってるの!やめなさい!」
「何って?聞き込みしてんじゃねぇの?」
「き、聞き込みって、あんたは、今本庁で書類整理してるはずでしょ!」
蓮見は「あー」と興味なさげに呟くと、首筋をかく。
「それなら、あの野郎が招集くらってどっか行っちまったから…」
「行っちまったから?」
「置いてきた」
「は?」
千里は驚いて目を丸くする。
どうやら、この蓮見という男は思っていた以上に問題児かもしれない。
出勤時刻を過ぎでも中々出勤してこない上、連絡がつかないことに心配した同僚が今朝方自宅を訪れたところ、部屋の扉が開いており、中から遺体が発見されたとのことだった。
名前は花村唯《はなむら ゆい》、職業はとある会社の事務職員である。
遺体はクローゼットの中に吊るされた状態で見つかった。当初は自殺の線と考えられたが、部屋のカレンダーにはネイルサロンや、美容室などのスケジュールが埋まっており、遺書も見つからなかっために、事件の線で捜査が開始された。
「千里!遅い!」
突然、何者かが千里の名前を大声で呼ぶ。
「す、すみません、凛子さん」
凛子と呼ばれた女性は腰に手を当てると、「あんた、今何時かわかってる?今日もやる事山積みなんだからしっかりして頂戴」といって眉間に皺を寄せる。
彼女の名前は武藤凛子《むとう りんこ》。千里より一回り上の刑事であり、千里の先輩にあたる。
普段から仕事の鬼であり、とても厳しいのだが彼女あってこその捜査と言われるほど周りからの信頼度は高い。言葉こそキツイが彼女ほど頼りになる先輩はいないと千里はとても彼女のことを頼りにしている。
「す、すみません。上長から本庁に寄る様にと指示されましたので…」
「いい訳しない。もし本件が事件なら犯人は未だ野放しということになる。被害者のご家族は昨晩から悲しみで夜も眠れぬ状況だ。貴方の事情で捜査が遅れる様なことはあってはならないとあれだけ説明したはずよ?」
「す、すみません」
理不尽だと思うことはいくつかあるが、それだけ現場は真剣に捜査に取り組んでいるのだ。一人の勝手な都合で足並みを乱すわけにはいかない。
「わかったなら宜しい。じゃあ、まずは近隣住民に聞き込みをお願い」
「き、聞き込みですか…」
「何?」
「い、いえ。聞き込み行ってきます…」
実はこの聞き込み、初動捜査と言われる物の中でも千里が一番苦手とする部類である。
なぜかと言うと…、
「は?知るわけないじゃん。ってか俺これからバイトだから後にしてくんね?」
「な、何でもいいんです。何か怪しい人物とか見かけてませんか?あと、物音とか?」
「だから知らないって言ってんだろ。しつけぇな」
「じゃ、じゃあ何かわかった事があればここに電話してもらって…」
「しつこいよ、お姉さん。俺は何もしらねぇし関わりたくねぇの?わかる?」
「…」
といった風に、もともと小さくて華奢な千里はいつも舐められてしまうのだ。
「か、関わりたくないのはわかりますが、被害者の隣に住んでいた貴方には協力してもらう義務があります」
千里は負けじと、反論する。ここで負けていては証言を聞き出すことはできない。
「ったくしつけぇな!知らねぇっつんてんだろ!」
そう言って男は扉を閉めてしまった。
この様に、聞き込みとは忍耐強い精神力を用する。もちろん、こういった人ばかりではないが、中には今の様に横暴な態度をとる者も一定数存在している。
(こんなことなら、紅葉でも連れてくれば良かった…)
内心そんなことを思いながらも、あの二人は仲良くやっているだろうかと心配になる。
蓮見と紅葉は似た物同士の香りを漂わせているが、根本的にその属性は違う様な気がした。
言うなれば蓮見は本来陽の性質を持ち、紅葉は陰の性質を持つ。故に衝突しあう関係性。しかし、二人で一つといった様なそんな感じ。
きっと協力し合えれば、二人はいいパートナーになれるはずだ。しかし、その考えは理想に過ぎない。
「はぁ。何も起きてなければいいけど…」
千里は目頭を抑えると、次の聞き込みを行うべく、もう一つ隣の部屋へと向かう。
(どうか、次は優しい人でありますように…)
そんなことを心に念じながら、恐る恐るインターホンを鳴らした。
「…」
しかし、一向に住民は出てこない。
(あら、留守かしら?)
千里は再度インターホンを鳴らす。しかし、人が出てくる気配はない。
三度目のインターホンを鳴らした後、千里は緊張していた体から力を抜いた。
いない様であれば仕方あるまい。また、時間を置いて訪ねようと考えていると突然、千里の背後から何者かの腕が伸びた。
そして、次の瞬間…
「おい!居んのはわかってんだ!!出てこい!」
と大声を上げながら、その腕がドアを勢いよく叩き始めた。
千里は驚いて、後ろを振り向く。
「あ、貴方!」
そこにはなんと、紅葉に任せたはずの蓮見がヤーさん顔負けの表情で立っていた。
蓮見は再度ドアを思い切り叩くと、再びこれでもかと大声を張り上げる。
「おい!こら!ささっとしろ!」
ドンドンとまるで何かの取り立ての様に扉を叩く蓮見に、周囲にいた警察官が驚いた表情でこちらを見つめる。
千里は慌てて、蓮見の腕を掴むと扉を叩くのをやめさせた。
「ちょ!ちょっと、何やってるの!やめなさい!」
「何って?聞き込みしてんじゃねぇの?」
「き、聞き込みって、あんたは、今本庁で書類整理してるはずでしょ!」
蓮見は「あー」と興味なさげに呟くと、首筋をかく。
「それなら、あの野郎が招集くらってどっか行っちまったから…」
「行っちまったから?」
「置いてきた」
「は?」
千里は驚いて目を丸くする。
どうやら、この蓮見という男は思っていた以上に問題児かもしれない。