アンノウアブル!憧れだった先輩が部下になりました
「あのね、蓮見君。貴方自分が今何してるかわかってる?」
「……、聞き込み?」
「じゃなくて!」
天然なのか、わざとなのか図りかねるその態度に千里は青筋を立てる。
「今の貴方の言い方だと、仕事を投げ出して勝手に現場に来ちゃいましたって言うふうに聞こえるんだけど?」
先ほどの話から察するに、紅葉の目を盗んで抜け出してきたのだろう。仮に紅葉にも招集がかかれば必然的に私にも通知が届く。
「とにかく。今すぐ帰って紅葉と一緒に書類整理してて頂戴」
「…嫌だ」
「嫌だじゃないの、貴方の教育係は私よ」
「そもそも、あれはあいつの仕事だろ。俺の仕事じゃねぇ」
何と偉そうに…。
「そうかもしれないけど、私達はチームで仕事してるの、わかる?チームなんだから協力し合うのは当然でしょ?」
「チームねぇ…」
「何よ」
どこか、馬鹿にしたような態度に千里は顔を顰める。
「だとすると、あの野郎はチームプレーが全く出来てないように見えるんですが?」
「紅葉のこと?」
「あいつは、誰かに何かを教えるのは向いてねぇな。どちらかといえば自由に走り回せる方が適任だ」
一体、何のことを言っているのだろう。
「そもそも、あんたもあんただ。俺とあいつが合わないと分かっててよく二人きりで仕事なんかさせたな」
「それは…、人手が足りないから仕方ないでしょ?」
「人手が足りないのは俺のせいじゃねぇし、あんたが俺たちを監督する立場なら、人員配置をしっかりと考えろよ」
「な…、何よ。言い訳しないでもらえる?」
返す言葉が見当たらなくなった千里はどこかムキになる。
「これは意見であって言い訳じゃない。俺の見立てからすると、まず現場に寄越すべき人間はあの紅葉って野郎だろ。あんたの聞き込みじゃいつまで経っても埒があかねえ。そもそも、ここの現場指揮官は誰だ?なんでお前みたいなチンチクリンを現場に寄越した?そこに疑問を持たずに働き蟻のように働いてるから、よくわかんねぇ資料整理やら残業やらが増えるんだ」
蓮見の厳しい意見に、千里は驚く。内心自分でも分かっていたことだが、警視庁という大きな組織の枠組みに囚われ自身の意見をずっと押し隠していた。でも、それは仕方のないこと。大人になれば折り合いをつけて行かなくちゃいけないことは山ほどある。なのに、それを真正面からおかしいと否定する蓮見に、千里はどうしようもないくらい胸を締め付けられた。
そんなこと、分かってるー。
蓮見は黙り込んでしまった千里を見てため息を吐くと、再び首筋をかく。
「とにかく、ここの現場指揮官は?」
「…角部屋で現場検証してる、武藤さんって人」
「武藤ね。ちょっと待ってろ」
教育係は私のはずなのに、蓮見はそんなことお構いなしといった様子で、武藤のところへと姿を消した。数分も経たないうちに、千里の元へと戻ってきた蓮見は、警察手帳を右手に何やらメモをとっている。
「おし、一応俺とお前で聞き込みする許可貰ったから。それから、紅葉もここに来るよう呼んでおいた。このマンション内の聞き込みが終わったら、今度は被疑者が勤めてた会社に話を聞きに行くぞ。さっきアポとったら夕方くらいからなら空いてるっていってたからな」
一体、どんな力を使ってそこまで話を推し進めたのか。まるで自分より仕事に慣れているような蓮見の行動に、千里は目をぱちくりとさせる。これではどちらが教育係かわからない。
一通り説明を終えた蓮見はそんな、千里の様子に気がつくと「これで、お前も楽だろ?」といって意地悪そうに微笑んだ。
以前よりも大人びた蓮見の笑顔に、千里は胸が高鳴る。
「ま、まぁ、少しくらいは…」
少し強がって、そう答える。なんだか昔の自分に戻ったような気分だ。
「んな、不貞腐れんなよ。おら、聞き込み再開すんぞ」
蓮見の言葉に今度は素直に頷いた。
「じゃ、じゃあ次は隣の203号室だね」
先ほど不在だった204号室を後にしようとするが、蓮見に肩を掴まれる。
「な、何?」
突然体を触れられた千里は顔を真っ赤にする。
「何?じゃねぇ。お前マジでここの住人が不在だと思ってんのか?」
「だって、インターホン鳴らしても出なかったし…」
なんの疑問もなく千里は答えると、蓮見はわざとらしくため息を吐いた。
「今度は何よ!」
「あのな、お前聞き込みって順番にインターホン鳴らして聴くもんだと思ってんだろ」
「そ、それの何がおかしいの?」
それの何がおかしいのか千里にはわからない。至って普通のやり方だとは思うが、特段間違ってはいないはずだ。
「だから、お前仕事遅ぇんだよ…」
「悪かったわね!」
やれやれと言った様子で目頭を抑える蓮見に、いよいよ腹が立ち始める。何故に新入りにここまで言われなくてはならないのか。
「いいか、まず聞き込みを行う時は事前にベランダの様子と電気メーターを確認しろ」
「ベランダの様子と電気メーター?」
何故にそんな部分を確認するのか。
「まずベランダは洗濯物が干してないか、とかカーテンが空いてないかを確認する。大体これで在宅か不在かは判断できる」
「でも、洗濯物なんて干してから仕事行く人もいるしカーテンだって開けたまま外に出る人はいるわよ」
「それが思考停止してるんだよ。我妻、今日の天気は?」
千里は慌ててスマホを取り出して確認する。どうやら、今日は午後から雨が降るらしい。
「午後から断続的に雨です」
「今何時?」
「丁度お昼の12時を回った頃です」
「ということはだ。在宅の人間であれば洗濯物はそろそろ取り込んでいることになる。もちろん、洗濯物をそもそも干していないという人もいるだろうけどな」
「それじゃあ、結局いるかいないかわからないじゃない…」
「だから、最初に現場へ来た時のチェックが必要なんだ。俺がここに到着したとき、この部屋のベランダには洗濯物が掛けられていた。そして、この旧式電気メーターはさっきから常に回転している」
「電気メーター?」
千里は首を傾げる。
「こういった古い賃貸住宅は、まだスマートメーターじゃなくて旧式の電気メーターを使ってるんだ。これは室内で使われている電気の量によって、中にある円盤が回転する仕組みになっている」
ということは、何者かが室内で電気を利用しているということになる。
「じゃ、じゃあ居留守ってこと?」
「その可能性が高いな。あとは洗濯物が取り込まれ
ていれば、確定的だな」
蓮見はそこまで話すと、賃貸マンションに取り付けられてる階段を降りて裏へと周りこんだ。
各ベランダには洗濯物が干している所、干していない所が確認できる。
目当ての204号室には…、洗濯物がない。
という事は…
「居留守だったのね!」
あのまま蓮見が現れなければ、無駄に捜査を長引かせることになっていた事実に千里は途端に腹が立ち始める。
「んじゃ、さっさと聞き込み済ませるぞ」
蓮見は再び表に回ると階段を登る。途中、千里は「あの、蓮見君…」と遠慮がちに声をかけた。
「ん、どした?」
「実はもう一人、話を聞けてない人がいて…」
「あ?誰だよ」
「お隣の205号室の人…」
千里は先ほどの一件を蓮見に説明する。
蓮見は少し考え込むようにして顎に手を当てると、「うし、わかった」とだけいって、205号室の前で立ち止まる。
一体どうやって聞き込みをするのか、固唾を飲んで見守っていると、突然ドアを思い切り叩き始めた。
2、3回繰り返し叩いた後、先ほど千里に怒鳴りつけた住人が顔を出す。
(あれ、バイトじゃなかったの?)
「うるせぇな!今度はなんだよ!」
蓮見は開いたドアに強引に足を挟んで開くと「警察だ」と言って住人を睨みつけた。
「な、警察がこんな真似していいのかよ!」
「いいんだよ、おめぇが喋ればさっさとどっかに消えてやる」
さぁ、話せ。と、いった雰囲気の蓮見は壁に寄りかかり警察手帳を取り出す。そのあまりに強引な聞き込みに、千里は唖然とする。
紅葉といい、蓮見といい、何故もっと穏やかに捜査できないのか…。
「あんた、名前は?」
「あ?教えるかよ!」
住人はこれでもかと凄んで見せる。しかし、高身長の蓮見にはあまり効果がないようだ。
「教えねぇなら、署まで同行してもらう」
「はあ?なんでだよ!」
「捜査に協力しねぇからだろ」
「んなの任意だろ!俺は行かねぇし、お前らも俺を連れて行けねぇはずだぜ?」
どこか勝ち誇った様子の住人に蓮見は溜息を吐く。
「んなことしたらお前が疑われるぞ」
「ふん、知るかよ!残念だったなお巡りさん」
「今、ちゃんと話せば穏便に済ませてやる」
「何それ?脅しのつもり?」
「もう一度言う。今ここで話せば穏便に終わらせてやる」
「だぁ、かぁ、ら、言わねーよ!」
その時だったー。
蓮見は目にも止まらぬ速さで、住人の顎を掴むと壁へと押しつけた。そして唸るような低い声で
「公務執行妨害って知ってるか?」
と囁いた。その悪魔のような囁きに先ほどまで威嚇していた男は驚くほど大人しくなる。
千里はまさかの事態に、咄嗟に扉を閉める。
こんなところを凛子さんに見られたら、停職どころの騒ぎでは済まされない。
「し、知ってるさそれくらい…、でも、お、俺は何もしてねぇだろ…」
蓮見の異様な雰囲気に押されつつも、男は僅かな抵抗を見せる。しかし、今の蓮見にそんな抵抗は通用しない。
「お前馬鹿だな。今この空間には警察官が二人いるんだぞ?俺達二人が公務執行妨害だって言い張ればそれは例え嘘だとしても事実になる」
「そ、そんなの偽証だろ!」
「偽証行為だとしてもだ、世の中の人間は事情聴取を拒否して暴言を吐いたお前と、警察官の俺たちのどちらを信用すると思う?」
「…」
「さぁ、どうだ?お前のその、ちっぽけな脳みそで考えてみろ」
蓮見の脅しとも取れる行為に千里は頭を抱える。
彼は本当に、警視総監の息子なんだろうか?
そんなことをぼんやりと思いながら、事の成り行きを見守っていると、ようやく観念したのか、男が「わかったよ…、わかったから離してくれ」といって、蓮見の手をポンポンと叩いた。
蓮見はその言葉に、ゆっくりと男から手を離す。
解放された男は先程まで掴まれていた顎をさすりながら、ボソボソと当時のことを語り始めた。
「昨日は朝からずっとダチとオンラインゲームで遊んでたんだ…」
「オンラインゲームですか…」
千里は慌てて警察手帳を取り出し、メモを取る。
「そんで、夜になって腹が減ったから、コンビニ行こうとおもったんだよ…、そしたら隣の部屋から突然、男が飛び出してきて…」
「どんな男?」
蓮見が尋ねる。
「黒い服着た男だよ。顔はよく見えなかったけど、結構身長の高ぇ奴で、なんか慌てた様子だった」
恐らく、そいつが犯人だー。
千里は直感でそう感じた。
「その男の特徴、他に何か覚えてる?」
「さぁ、俺も一瞬見ただけだったから…、ただちょっと変だったな」
「変?」
「部屋から出てきたのに、なんか運動した後みてぇにすげぇ息切れしてて、何つーか本当に百メートルダッシュした後みたいに…」
男は斜め上を見ながら当時のことを思い出す。
「その他、気になったことは?」
「それ以外は特に…、結構な速さでどっかに行っちまったからよ」
男の話によると、男は転けそうになりながら階段をものすごい勢いで駆け降りていったという。
「なるほどな。ってかお前、そんな重要な証言よく黙し通そうと思ったな」
蓮見が再び男を睨みつける。
「か、関わりたく無かったんだよ!俺配信者だし!変な事件に巻き込まれてニュースにでもなったらどうすんだよ!」
「配信者?」
「おう!今巷で話題のゲーム実況者、琢磨卓《たくますぐる》とは俺のことよ!」
そう言って琢磨は自信満々に笑う。
「知ってます?」
「いや、知らねぇ」
二人の反応に、琢磨は何やら騒いでいたが、「ご、協力、どうも」といって閉められた扉によりその声は掻き消される。
一先ず、205号室の聞き込みはこれで完了だ。
「……、聞き込み?」
「じゃなくて!」
天然なのか、わざとなのか図りかねるその態度に千里は青筋を立てる。
「今の貴方の言い方だと、仕事を投げ出して勝手に現場に来ちゃいましたって言うふうに聞こえるんだけど?」
先ほどの話から察するに、紅葉の目を盗んで抜け出してきたのだろう。仮に紅葉にも招集がかかれば必然的に私にも通知が届く。
「とにかく。今すぐ帰って紅葉と一緒に書類整理してて頂戴」
「…嫌だ」
「嫌だじゃないの、貴方の教育係は私よ」
「そもそも、あれはあいつの仕事だろ。俺の仕事じゃねぇ」
何と偉そうに…。
「そうかもしれないけど、私達はチームで仕事してるの、わかる?チームなんだから協力し合うのは当然でしょ?」
「チームねぇ…」
「何よ」
どこか、馬鹿にしたような態度に千里は顔を顰める。
「だとすると、あの野郎はチームプレーが全く出来てないように見えるんですが?」
「紅葉のこと?」
「あいつは、誰かに何かを教えるのは向いてねぇな。どちらかといえば自由に走り回せる方が適任だ」
一体、何のことを言っているのだろう。
「そもそも、あんたもあんただ。俺とあいつが合わないと分かっててよく二人きりで仕事なんかさせたな」
「それは…、人手が足りないから仕方ないでしょ?」
「人手が足りないのは俺のせいじゃねぇし、あんたが俺たちを監督する立場なら、人員配置をしっかりと考えろよ」
「な…、何よ。言い訳しないでもらえる?」
返す言葉が見当たらなくなった千里はどこかムキになる。
「これは意見であって言い訳じゃない。俺の見立てからすると、まず現場に寄越すべき人間はあの紅葉って野郎だろ。あんたの聞き込みじゃいつまで経っても埒があかねえ。そもそも、ここの現場指揮官は誰だ?なんでお前みたいなチンチクリンを現場に寄越した?そこに疑問を持たずに働き蟻のように働いてるから、よくわかんねぇ資料整理やら残業やらが増えるんだ」
蓮見の厳しい意見に、千里は驚く。内心自分でも分かっていたことだが、警視庁という大きな組織の枠組みに囚われ自身の意見をずっと押し隠していた。でも、それは仕方のないこと。大人になれば折り合いをつけて行かなくちゃいけないことは山ほどある。なのに、それを真正面からおかしいと否定する蓮見に、千里はどうしようもないくらい胸を締め付けられた。
そんなこと、分かってるー。
蓮見は黙り込んでしまった千里を見てため息を吐くと、再び首筋をかく。
「とにかく、ここの現場指揮官は?」
「…角部屋で現場検証してる、武藤さんって人」
「武藤ね。ちょっと待ってろ」
教育係は私のはずなのに、蓮見はそんなことお構いなしといった様子で、武藤のところへと姿を消した。数分も経たないうちに、千里の元へと戻ってきた蓮見は、警察手帳を右手に何やらメモをとっている。
「おし、一応俺とお前で聞き込みする許可貰ったから。それから、紅葉もここに来るよう呼んでおいた。このマンション内の聞き込みが終わったら、今度は被疑者が勤めてた会社に話を聞きに行くぞ。さっきアポとったら夕方くらいからなら空いてるっていってたからな」
一体、どんな力を使ってそこまで話を推し進めたのか。まるで自分より仕事に慣れているような蓮見の行動に、千里は目をぱちくりとさせる。これではどちらが教育係かわからない。
一通り説明を終えた蓮見はそんな、千里の様子に気がつくと「これで、お前も楽だろ?」といって意地悪そうに微笑んだ。
以前よりも大人びた蓮見の笑顔に、千里は胸が高鳴る。
「ま、まぁ、少しくらいは…」
少し強がって、そう答える。なんだか昔の自分に戻ったような気分だ。
「んな、不貞腐れんなよ。おら、聞き込み再開すんぞ」
蓮見の言葉に今度は素直に頷いた。
「じゃ、じゃあ次は隣の203号室だね」
先ほど不在だった204号室を後にしようとするが、蓮見に肩を掴まれる。
「な、何?」
突然体を触れられた千里は顔を真っ赤にする。
「何?じゃねぇ。お前マジでここの住人が不在だと思ってんのか?」
「だって、インターホン鳴らしても出なかったし…」
なんの疑問もなく千里は答えると、蓮見はわざとらしくため息を吐いた。
「今度は何よ!」
「あのな、お前聞き込みって順番にインターホン鳴らして聴くもんだと思ってんだろ」
「そ、それの何がおかしいの?」
それの何がおかしいのか千里にはわからない。至って普通のやり方だとは思うが、特段間違ってはいないはずだ。
「だから、お前仕事遅ぇんだよ…」
「悪かったわね!」
やれやれと言った様子で目頭を抑える蓮見に、いよいよ腹が立ち始める。何故に新入りにここまで言われなくてはならないのか。
「いいか、まず聞き込みを行う時は事前にベランダの様子と電気メーターを確認しろ」
「ベランダの様子と電気メーター?」
何故にそんな部分を確認するのか。
「まずベランダは洗濯物が干してないか、とかカーテンが空いてないかを確認する。大体これで在宅か不在かは判断できる」
「でも、洗濯物なんて干してから仕事行く人もいるしカーテンだって開けたまま外に出る人はいるわよ」
「それが思考停止してるんだよ。我妻、今日の天気は?」
千里は慌ててスマホを取り出して確認する。どうやら、今日は午後から雨が降るらしい。
「午後から断続的に雨です」
「今何時?」
「丁度お昼の12時を回った頃です」
「ということはだ。在宅の人間であれば洗濯物はそろそろ取り込んでいることになる。もちろん、洗濯物をそもそも干していないという人もいるだろうけどな」
「それじゃあ、結局いるかいないかわからないじゃない…」
「だから、最初に現場へ来た時のチェックが必要なんだ。俺がここに到着したとき、この部屋のベランダには洗濯物が掛けられていた。そして、この旧式電気メーターはさっきから常に回転している」
「電気メーター?」
千里は首を傾げる。
「こういった古い賃貸住宅は、まだスマートメーターじゃなくて旧式の電気メーターを使ってるんだ。これは室内で使われている電気の量によって、中にある円盤が回転する仕組みになっている」
ということは、何者かが室内で電気を利用しているということになる。
「じゃ、じゃあ居留守ってこと?」
「その可能性が高いな。あとは洗濯物が取り込まれ
ていれば、確定的だな」
蓮見はそこまで話すと、賃貸マンションに取り付けられてる階段を降りて裏へと周りこんだ。
各ベランダには洗濯物が干している所、干していない所が確認できる。
目当ての204号室には…、洗濯物がない。
という事は…
「居留守だったのね!」
あのまま蓮見が現れなければ、無駄に捜査を長引かせることになっていた事実に千里は途端に腹が立ち始める。
「んじゃ、さっさと聞き込み済ませるぞ」
蓮見は再び表に回ると階段を登る。途中、千里は「あの、蓮見君…」と遠慮がちに声をかけた。
「ん、どした?」
「実はもう一人、話を聞けてない人がいて…」
「あ?誰だよ」
「お隣の205号室の人…」
千里は先ほどの一件を蓮見に説明する。
蓮見は少し考え込むようにして顎に手を当てると、「うし、わかった」とだけいって、205号室の前で立ち止まる。
一体どうやって聞き込みをするのか、固唾を飲んで見守っていると、突然ドアを思い切り叩き始めた。
2、3回繰り返し叩いた後、先ほど千里に怒鳴りつけた住人が顔を出す。
(あれ、バイトじゃなかったの?)
「うるせぇな!今度はなんだよ!」
蓮見は開いたドアに強引に足を挟んで開くと「警察だ」と言って住人を睨みつけた。
「な、警察がこんな真似していいのかよ!」
「いいんだよ、おめぇが喋ればさっさとどっかに消えてやる」
さぁ、話せ。と、いった雰囲気の蓮見は壁に寄りかかり警察手帳を取り出す。そのあまりに強引な聞き込みに、千里は唖然とする。
紅葉といい、蓮見といい、何故もっと穏やかに捜査できないのか…。
「あんた、名前は?」
「あ?教えるかよ!」
住人はこれでもかと凄んで見せる。しかし、高身長の蓮見にはあまり効果がないようだ。
「教えねぇなら、署まで同行してもらう」
「はあ?なんでだよ!」
「捜査に協力しねぇからだろ」
「んなの任意だろ!俺は行かねぇし、お前らも俺を連れて行けねぇはずだぜ?」
どこか勝ち誇った様子の住人に蓮見は溜息を吐く。
「んなことしたらお前が疑われるぞ」
「ふん、知るかよ!残念だったなお巡りさん」
「今、ちゃんと話せば穏便に済ませてやる」
「何それ?脅しのつもり?」
「もう一度言う。今ここで話せば穏便に終わらせてやる」
「だぁ、かぁ、ら、言わねーよ!」
その時だったー。
蓮見は目にも止まらぬ速さで、住人の顎を掴むと壁へと押しつけた。そして唸るような低い声で
「公務執行妨害って知ってるか?」
と囁いた。その悪魔のような囁きに先ほどまで威嚇していた男は驚くほど大人しくなる。
千里はまさかの事態に、咄嗟に扉を閉める。
こんなところを凛子さんに見られたら、停職どころの騒ぎでは済まされない。
「し、知ってるさそれくらい…、でも、お、俺は何もしてねぇだろ…」
蓮見の異様な雰囲気に押されつつも、男は僅かな抵抗を見せる。しかし、今の蓮見にそんな抵抗は通用しない。
「お前馬鹿だな。今この空間には警察官が二人いるんだぞ?俺達二人が公務執行妨害だって言い張ればそれは例え嘘だとしても事実になる」
「そ、そんなの偽証だろ!」
「偽証行為だとしてもだ、世の中の人間は事情聴取を拒否して暴言を吐いたお前と、警察官の俺たちのどちらを信用すると思う?」
「…」
「さぁ、どうだ?お前のその、ちっぽけな脳みそで考えてみろ」
蓮見の脅しとも取れる行為に千里は頭を抱える。
彼は本当に、警視総監の息子なんだろうか?
そんなことをぼんやりと思いながら、事の成り行きを見守っていると、ようやく観念したのか、男が「わかったよ…、わかったから離してくれ」といって、蓮見の手をポンポンと叩いた。
蓮見はその言葉に、ゆっくりと男から手を離す。
解放された男は先程まで掴まれていた顎をさすりながら、ボソボソと当時のことを語り始めた。
「昨日は朝からずっとダチとオンラインゲームで遊んでたんだ…」
「オンラインゲームですか…」
千里は慌てて警察手帳を取り出し、メモを取る。
「そんで、夜になって腹が減ったから、コンビニ行こうとおもったんだよ…、そしたら隣の部屋から突然、男が飛び出してきて…」
「どんな男?」
蓮見が尋ねる。
「黒い服着た男だよ。顔はよく見えなかったけど、結構身長の高ぇ奴で、なんか慌てた様子だった」
恐らく、そいつが犯人だー。
千里は直感でそう感じた。
「その男の特徴、他に何か覚えてる?」
「さぁ、俺も一瞬見ただけだったから…、ただちょっと変だったな」
「変?」
「部屋から出てきたのに、なんか運動した後みてぇにすげぇ息切れしてて、何つーか本当に百メートルダッシュした後みたいに…」
男は斜め上を見ながら当時のことを思い出す。
「その他、気になったことは?」
「それ以外は特に…、結構な速さでどっかに行っちまったからよ」
男の話によると、男は転けそうになりながら階段をものすごい勢いで駆け降りていったという。
「なるほどな。ってかお前、そんな重要な証言よく黙し通そうと思ったな」
蓮見が再び男を睨みつける。
「か、関わりたく無かったんだよ!俺配信者だし!変な事件に巻き込まれてニュースにでもなったらどうすんだよ!」
「配信者?」
「おう!今巷で話題のゲーム実況者、琢磨卓《たくますぐる》とは俺のことよ!」
そう言って琢磨は自信満々に笑う。
「知ってます?」
「いや、知らねぇ」
二人の反応に、琢磨は何やら騒いでいたが、「ご、協力、どうも」といって閉められた扉によりその声は掻き消される。
一先ず、205号室の聞き込みはこれで完了だ。