ギター弾きの天使とデュエットを ~言葉を話さぬ彼に惹かれて、二人は同じ夢を見る~
 翌日、チャコは緊張の面持ちでジャンと向き合っていた。そう、やらねばならないこととは他でもない、ジャンへのお願いだった。


「ジャン、あのね、文化祭のステージで歌を歌おうと思ってるんだけど、あの歌歌ってもいいかな? 二人で作ったやつ」


 チャコが歌いたいと思ったのは、二人で作り上げたあの歌だ。初めて自分で生み出した音楽を誰かに向けて歌ってみたかった。だが、あれはジャンと二人で作ったものだ。ジャンにも認めてもらった上で歌いたかった。

 チャコの言葉を聞いたジャンはとても驚いた顔をしている。それは想定内の反応だ。問題はそのあとの反応なのだが、ジャンはすぐにその表情を緩めると優しい微笑みを浮かべてくれた。嬉しくて嬉しくてしかたないとでもいうような表情だった。これは肯定の表情で間違いない。ジャンはそれを裏付けるようにチャコの唇をトントンと叩いた。歌っていいと言ってくれているのだろう。


「いいの? ありがとう! 嬉しい!」


 チャコは思わずジャンの手を握りしめた。二人の音楽を届けられるのが嬉しくてたまらい。ジャンもずっと嬉しそうな表情を浮かべている。だから、チャコはそれに後押しされて、もう一つの願いを口にしてみた。


「それとね、できればジャンも一緒に出て、ギター弾いてほしいんだけど、だめ?」


 チャコはジャンにもいてほしかった。ジャンのギターがあってこその音楽だったから。

 けれど、ジャンの様子を窺えば、チャコは久しぶりにそれを目にしてしまった。とても苦しそうな表情をしている。チャコの願いに応えられないのだろう。本当はこうなる予感はしていた。それでもチャコがそれを望んでいるのだということは知っておいてほしくてそれを口にしたのだ。


「やっぱりだめか……ごめんね。そんな顔しないで? 大丈夫だから」


 ジャンはまだ苦しそうな表情を浮かべている。チャコは宥めてやりたくて、いつもとは反対にジャンの頭にそっと触れ、ゆっくりと撫でてみた。ジャンは黙ってただ撫でられている。そのうちジャンがゆっくりとチャコの肩に額を乗せるようにしてきたから、チャコは彼が落ち着くまで撫で続けてやった。

 五分も経つと、ジャンはその額をゆっくりとチャコから離し、チャコと視線を合わせてきた。まだ少し切なそうな色を含んでいるものの、その表情は大分和らいでいた。
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