あの日、桜のキミに恋をした
「阿部さん今どこで何してるんだろうねぇ。そういえば彼女さ、康介と別れてから妊娠した説とかあったよね?」


「……え?それは初耳なんだけど」


「あの子普通に細かったのにさ、なんかお腹でてない?って話になって。言われてみれば体育とかもサボってること多かったし。結局学校辞めちゃったから、絶対あの3年の先輩に妊娠させられたんだよって一部で話題になってたの。美月だけは『そんな不確かな噂流すのはやめた方がいい』って庇ってたけどね」


なんだよそれ……。


もしその話が本当だとしたら、そのせいで由奈は学校を辞めざるを得なくなったわけだ。


——そもそも妊娠させるとか、アイツ無責任すぎるだろ……。


すっかり記憶の彼方にいたあの男の顔が浮かび、気分を害した。


あの屋上での出来事は、思い出しただけで今でも顔を(しか)めたくなる。


由奈と別れてから、そして由奈が学校を辞めてから、クラスも違ったし橘さんと話すことはなくなった。


彼女は今でも由奈と連絡を取ったりしているのだろうか?


忘れようと思って封じ込めてきたあの頃の記憶が甦ってきて、俺はいても立ってもいられなくなった。


由奈に別れを切り出された時、由奈を恨めば心が軽くなると思って、その方が楽だと思って、俺は必死に彼女のことを嫌いになろうとした。


でもそうやって彼女と過ごした日々を思い出せば思い出すほど、どうしようもなく恋しくて、余計に心が苦しくなったのだ。
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