あの日、桜のキミに恋をした

芽生え

Side 由奈


「すいません遅くなりました!」


「お疲れさん。俺もさっき来たとこ」


ここは小ジャレた半個室仕様の居酒屋。


先輩は先に着いていて、お店の人に〝佐久間〟と名前を伝えると席に案内してくれた。


先輩はいつもお店を見つけるのがうまい。


勤務形態が不規則なせいでママ友とはなかなか予定が合わず、かと言って春斗がいるため、同年代の子たちのようにあまりフットワーク軽くもいられない。


私の交友関係はとても狭く限られているから、こうしてよく飲みに誘ってくれる先輩には感謝しかなかった。


今日はたまたま春斗が実家に泊まりに行っているから2人きりだけど、春斗も一緒に遊びに行くことも多い。


春斗も先輩にとても懐いていた。


「つまみはいつもの感じでテキトーに頼むから、なんか食べたいのあったら追加して。阿部もビールでいい?」


「はい!ビールでお願いします!」


私たちはもうすっかりお互いの好みを熟知しているから、先輩は私の分まで手際よく注文をしてくれた。


すぐに運ばれてきたグラスをカツンと合わせ、私たちはビールを流し込んだ。


先輩はあれからストレートで医学部に合格して、今は初期研修の2年目。


色々な診療科や施設をローテーションしているらしい。


私の病院にもたまに研修医の先生が来ているけれど、とても忙しそうだ。


先輩とはもうかれこれ8年の付き合いになる。


高校を辞めてからも、春斗を出産してからも、助産師である先輩のお母さんにお世話になっていた関係で、彼ともずっと繋がっていた。


この8年間、いつも彼が近くにいてくれた。


仕事のこと、恋愛のこと、子育てのこと。


まるで女友達のように何でも話している。


情けないところも、ちょっと恥ずかしいところもたくさん見られてきたから、今さら隠すことなど何もなかった。
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