あの日、桜のキミに恋をした
「一哉くん……」


彼は康介の友達。


まだ康介の名前も知らなかった頃から顔だけは認識していたし、付き合い始めてからも康介と一緒に何度か会ったり遊んだりしていた。


もちろん、彼と別れてから全く関わりがなかったから、今日久しぶりに名前を思い出したくらいだ。


彼は私の隣にいる春斗を見てぎょっとした顔をした。


『私の遺伝子はどこ?』と思ってしまうくらい、春斗の顔立ちは康介にすごくよく似ていた。


見たことがないけれど、彼の幼少期はきっとこんな感じだったんだと思うほどそっくりなのだ。


だから、彼のことをよく知る一哉くんなら尚更そう感じると思う。


彼は春斗と目線が合うようにしゃがみこんで会話を始めた。


名前を聞かれた春斗は、答えていいか確認するように私の顔を見てきた。


私が頷いてあげると「あべ春とだよ」と遠慮がちに自分の名前を言った。


さすがにこれ以上踏み込むのはやめてほしくて「ごめんもう行くね」と私が話を遮る。


春斗の手を引いてこの場を離れようとすると、立ち上がった一哉くんはそれを制止してきた。


向き合った時、確か康介ともこれくらいの身長差だったなと関係ないことを思い出してしまった。


「……康介だよな?だから急にいなくなった……違う?」


春斗が一緒にいるからか曖昧な言い方をしてくれたけれど、春斗の父親について聞かれているということはすぐに分かった。


「本当に行かなきゃいけないから……」


「ごめん!でも由奈ちゃんいなくなってからの康介、ほんと見るに耐えなかったんだよ。由奈ちゃんは由奈ちゃんの覚悟とか考えがあったんだろうけど、俺らもうガキじゃないからさ。もし本当にそうなら、アイツにも知る権利があると思う」


私は、人が隠し事をする時には、必ずその対価を払うべきだと思っている。


それは、最後までそれを隠し通すこと。


あるいは、何が起ころうとも秘密を貫き通すこと。


これができないのなら、隠し事なんてすべきではないというのが私の持論だ。


正直、一哉くんには春斗の父親が康介だということは気づかれているだろうから、前者は崩れてしまった。


でも後者に関してはまだ何とかなる。


大人になったから真実を打ち明けるとか、そういう問題ではないのだ。


そんな半端な覚悟ではやっていない。


だから、一哉くんに何と言われようと、私は何も答えるわけにはいかなかった。


「本当に行かなきゃいけないから!もうやめて!」


私は春斗を連れて逃げるように立ち去った。


もはや最後は強行突破だった。
< 120 / 154 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop