あの日、桜のキミに恋をした
彼は高校を卒業して大学に行って、その後警察官になったそう。


まさに有言実行だ。


交番勤務などを経て、今はさっき行った警察署の交通課という部署にいるらしい。


単身寮もこの辺りにあるそうだ。


「懐かしいな……由奈の母さんが作ってくれたオムライス思い出すわ」


「だってお母さんのレシピだもん」


彼はあの頃と変わらず、大きなひと口で私が作ったオムライスを美味しそうに頬張ってくれた。


彼がうちにいることも信じられないけれど、まさかこうしてまた同じテーブルでご飯を食べることになるなんて。


「……お母さんも親父さんも元気にしてる?」


「……うん元気だよ。たまに子ども預かってもらったりして、もうすっかりおじいちゃんおばあちゃんが板についてきてる」


「……今もあの人と付き合ってんの?」


「え?」


「……あの先輩」


あぁそうだった。


私は康介をフってすぐに先輩に乗り替えたヤバい女という設定なんだった。


でも今ではそれが現実となったのだ。


「……うん、付き合ってる。すごく大事にしてもらってる」


「そっか。由奈が幸せならそれが一番だな」


いくら時が流れたとはいえ、どうしてこの人は私にこんな優しい顔を向けてくれるんだろう。


自分を捨てた最低な女なのに。


私が逆だったら絶対にこんなセリフ言えそうにない。


彼が昔は地元で有名な不良で、かなりやんちゃをしていたなんて話しても、今の彼しか知らない人は多分誰も信じてくれないと思う。


それくらい、当時の面影はほとんど残っていない。


でも、優しくてあったかい彼の内面は、出会った頃のままで、それが嬉しかった。


ご飯を食べ終えて、私はマンションの下まで彼を見送りに来た。


「今日は春斗を助けてくれてありがとね。康介は昔からヒーローみたいに必ずピンチの時に駆けつけてくれるよね」


「いつも間一髪のところでヒヤヒヤだけどな」


康介は謙遜するけど、前に私が男何人かに襲われそうになった時も、彼が助けに来てくれた。


そういえばあれも確か公園だった気がする……。


「じゃあ気をつけてね。本当にありがとう」


「俺の方こそご馳走様。おやすみ」


あの頃もこんな感じで私を家まで送ってくれて、私は彼の背中が見えなくなるまで見送っていた。


忘れていた、いや、思い出さないようにしていた懐かしい記憶の数々が蘇ってきて、目の奥がじーんと熱くなるのを感じた——。
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