あの日、桜のキミに恋をした
俺はてっきり、橘さんは沢村のことが好きなんだとばかり思っていた。


沢村も彼女のことが好きだったし、2人が早くくっつけばいいのにと思っていた。


でも結局高校卒業の最後まで、両思いのはずの2人が結ばれることはなかった。


それがどうだ。


蓋を開けてみれば全て俺の思い違いだった。


あの頃から、俺たちの運命は少しずつ絡まり始めていたんだ。


「由奈みたいに、〝康介(こうすけ)〟って呼びたかった。隣にいたかったし、私のこと好きになってほしかったなぁ、なんて」


「橘さん……俺……」


気づかなくてごめん。


余計な世話焼いてごめん。


気持ちに応えられなくて、ごめん。


俺が口を開くより先に彼女が先手を取った。


「謝んないでね?別にこれ、告白なんかじゃないから!ただの、うーん……愚痴!だから佐々木くんはうんうんってただ聞いてくれるだけでいーの!」


こんないい子を、知らず知らずのうちに傷つけていた自分が恐ろしい。


それくらい由奈のことしか見ていなかったはずなのに、その彼女のことさえも俺は何も気付けなかった。


本当に情けない。


そして橘さんは、実は由奈と連絡先を交換していたことや、由奈が俺と距離を取ろうとしているのは自分が余計なことを言ったせいかもしれないと話してくれた。


由奈は俺には連絡先を知られたくなかっただろうし、橘さんが何か言っていなくても、先輩(あのひと)がいるのに俺と関わるようなことはしないはずだ。


いずれにしても、橘さんが謝ることなんて何もなかった。


謝らなきゃいけないのは俺の方だけど、ごめんがダメならせめてこれだけは伝えたい。


橘さん、と呼ぶと、彼女はドリンクメニューを眺めたまま「なに〜?」と返事した。


言葉にしてくれて、最後まで気を遣ってくれて、こんな俺を好きになってくれて——


「……ありがとう」


それだけ伝えると、彼女は持っていたメニューで自分の顔を隠した。


これ以上俺が何か言葉をかけるのも違う気がして、隣で彼女が鼻をすする音が落ち着くのをただひたすら見守った——。
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