あの日、桜のキミに恋をした
しかしそれも束の間で。


私の名前を呼ぶ先輩の声が聞こえて、私は夢から覚めたように反射的に康介から離れた。


でも彼は握った手だけは離してくれない。


「……早くその手離せよ」


先輩が私の手を握っている康介の手首を掴んで軽く捻り上げた。


これは見覚えのある光景だった。


「……嫌です」


その瞬間、握られた手にギュッと力がこめられて、〝絶対に離さない〟という気持ちが伝わってくるようだった。


康介はただ真っ直ぐ先輩を見ている。


「いつまで過去に囚われてんだよ!」


感情的になった先輩が康介の胸ぐらを掴んだ。


こんな道端で大の大人が揉めていたら騒ぎになってしまう。


SNSとかに載せらたら大変だ。


「先輩、ダメ……!」


「………」


私が先輩の腕を掴んで止めに入ると、彼はあっさり康介の手を離した。


そして私には目もくれずに、無言で来た道を戻って行った。


「潤さん待って!!」


彼を追いかけたいのに、康介はまだ手を離してくれない。


本当は今日のデートが終わってから、ゆっくり話をしようと思っていたけれど、こうなってしまえば、もううやむやにはできない。


私は先輩に、自分の口からちゃんと伝えたいことがたくさんある。


「お願い、康介……離して?」


懇願するように言うと、私を掴んでいた彼の手が少しだけ緩んだ。


私はその隙を逃さずに彼の手から抜け出して先輩を追いかけた。
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