あの日、桜のキミに恋をした
由奈を部屋に上げると、途端に心臓が壊れるんじゃないかと思うほどバクバクし始めた。


とりあえず飲み物は持ってきたものの、どちらも口は付けず、2人並んでベッドに腰掛けた。


無言のせいか、チッチッチッという時計の秒針の音と、持ってきた飲み物の氷が時折立てるカランという音がやけに大きく聞こえる。


俺は隣に座る由奈の手に自分の手を重ねた。


「キス……してい?」


「うん……」


キスはもう何度もしてきたのに、付き合いたてのカップルみたいなやりとりをしてしまった。


一旦唇を離した後、俺はもう今しかないと確信した。


「この先も……いい、デスカ?」


緊張で頭がおかしくなっていた俺は、日本に来たばかりの外国人のようなカタコトの日本語になる。


ふざけてるとは思わないでほしい。


俺は至って真面目に言っている。


ただ尋常じゃなく緊張してるだけ。


「……1つだけお願い言っていい……?」


「もちろんいい!」


由奈の様子からも、行為をすることに嫌そうな感じはないし、とりあえず望みはありそうだ。


お願いというのは、部屋を暗くしてほしいとか、それとも最後まではまだ待ってほしいとかそういうことだろうか。


何であれ、俺にできることなら何でもする。


「……ゴム……は、付けて欲しいデス」


予想していたのとは結構違ったし、お願いされずとももちろんそのつもりだったから、思わず拍子抜けしてしまった。


やっぱ俺そういうとこしっかりしてなさそうに見えるよな……。


由奈の中で、俺は相当遊び人なイメージがあるんだろう。


まあ出会った頃の感じではそう思われるのも仕方ない。


確かに来るもの拒まずな状態だったのは否定できない。


「別に康介だからって訳じゃなくてね!!」


慌ててフォローをする彼女が普通に面白くて可愛かった。


「分かってるよ。俺、責任取れるまではそこら辺はちゃんとするって決めてんの。意外としっかりしてるっしょ?」


俺が頭を撫でてやると、由奈はホッとした顔で口元を綻ばせる。


そんな彼女の額に口付けたのが、始まりの合図だった。


この日の出来事は、10年という月日が流れた今も、鮮明に覚えている——。
< 40 / 154 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop