あの日、桜のキミに恋をした
「今日もいい天気だなぁ」


空に向かって大きなひとり言を言うと、後ろでガサっと物音がした。


今までここで誰かに会ったことなんてなかったし、私以外こんな所に来る人なんていないと思っていたのに。


後ろを向くと、見たことのない長身の男の人が柵に寄りかかりながらパックジュースを飲んでいた。


制服を着ているから生徒みたいだけど、茶髪な上に少しパーマもかかっていて、うちの学校にしてはかなりチャラめな人だ。


康介よりもさらに高いから、身長は180センチくらいだろうか。


同級生ではないし、どう見ても1年生でもないからおそらく3年生の先輩だ。


3年生ということは、私よりずっと前からこの場所に来ていてもおかしくない。


もしかしたら「ここは俺の場所だ」的なタイプの人かもしれない。


トラブルになる前に退散しようと軽く頭を下げて扉の方へ戻ろうとした時、彼から発せられた言葉に私は凍りついた。


「もしかして、アンタ妊娠してる……?」


私はハッとなってすぐにお腹を確認した。


いつの間に人から気づかれるほどお腹が目立っていたのかと焦ったのに、触った感じも見た感じもぺたんこのままで、大きく変わりはなかった。


「あーー悪い。つい口走っただけだから、今のは忘れろ!」


彼は顔の前で手を立てて「ごめん」のポーズをしてきた。


私は「いやいやいや!」と抗議したかった。


どう考えても初めましての相手にかける言葉ではないし、聞かなかったことにはできない。


それにさっきの私の行動は、もう妊娠を肯定してしまったも同然だ。


まだ学校に妊娠のことは伝えていないし、先輩とはいえ生徒に知られたのはちょっとマズイかもしれない。


彼が何を根拠にそう思ったのか気になるところだったけど、これ以上何かある前にここを出ることにした。


せっかくいい場所を見つけたのに、明日からは場所も変えた方が良さそうだ。


小走りで扉の方に駆け寄ると、いきなり手首を掴まれた。


「いいよ、俺が出るから。それより、もし本当にそうなら、屋上(ここ)寒いから体冷やすんじゃねーぞ」


彼は私の肩に自分の着ていたパーカーをかけて屋上を出て行った。
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