あの日、桜のキミに恋をした
結局夜ご飯までご馳走になって、帰りは駅まで先輩が送ってくれることになった。


先輩は泣き腫らした私の目を見ても何も聞かなかった。


恥ずかしいくらい大泣きしていたから、もしかしたら声も聞かれていたかもしれない。


「今日はありがとうございました」


隣で私の歩幅に合わせて歩いてくれている先輩に話しかけた。


「俺は別になんもしてないけどな!」


「私、初めて〝おめでとう〟って言ってもらいました。お父さんもお母さんも『相手は誰だ』とかそういう話ばっかりで、今まで誰もそんなこと言ってくれなかったから……すごくスッキリしました!」


「それ母さんに伝えとくわ。多分超喜ぶと思う……てか、その相手は知らねーの?」


「はい。伝えてないし、伝えるつもりもないです……最低ですよね」


「……言わないのは、話した途端離れていくのが怖いから?」


「逆ですよ。もし話したら彼、多分高校辞めて働くとか言い出すんです……ていうか絶対。でも私はそんなの望んでないから……」


やりたいことが見つかったと康介が嬉しそうに話してくれた時、私も自分のことのように嬉しかった。


ここで彼の夢を折ってしまうくらいなら、どんなに恨まれたって構わない。


「じゃあ別れんの?」


「そうですね、そうなんですけど……それがなかなかいい方法が思いつかなくて……」


他に好きな人ができたとか、康介のことがもう好きじゃないとか。


思い浮かぶ理由はどれもボヤッとしていて、きっとこれでは納得してもらえない。


もっとインパクトの強い何かが欲しい……。


「良かったら俺、手伝おうか?」


「え……?」


私は足を止めて先輩の方を見た。


彼が冗談を言っているようには見えない。


「どうする?俺の計画乗ってみる?」


先輩はそう言って私の方に手を差し出した。


この手を取ってしまえば、きっともう後戻りはできない——。
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