冷徹ホテル王の最上愛 ~天涯孤独だったのに一途な恋情で娶られました~
敬語はなしと言われた日奈子は完全にいつもの調子で言い返した。

「おしゃべりもいいが、遅番だと帰りが遅くなるだろう。俺が来られない時はちゃんとタクシーを使うんだぞ」
 
ハンドルを切りながら小言を言う宗一郎に、日奈子はため息をついた。

「タクシーなんて使えるわけがないじゃない。電車があるんだから電車を使います」
 
日奈子がひとり暮らしをしているマンションはホテルから地下鉄で四駅のところにある。月に何度もある遅番のたびにタクシーを使うなんて、一般社員の日奈子にできるわけがない。

「じゃあ、うちの運転手を迎えに来させる」
 
無茶苦茶なことを言う宗一郎に日奈子は声をあげた。

「い、いらないってば……! そもそもお母さんが亡くなった以上、私が宗くんにここまでしてもらう理由はないんだから」
 
言ってから、しまったと思う。忙しい中家まで送ってくれるのに、いくらなんでも言い方がきつすぎる。

だが彼はこちらをチラリと見ただけでなにも言わなかった。気を悪くした様子も、堪えている風でもない。迎えをやめるつもりはないようだ。

 彼こそが、日奈子に今まで彼氏ができなかった最大の原因だ。
 
彼と日奈子は世間で言えば幼なじみということになるのだろう。

だが友人というよりは兄妹のような関係だ。

日奈子の母鈴木(すずき)万里子(まりこ)が九条家で住み込みの家政婦をしていた関係で、ふたりは九条家の屋敷で一緒に育った。
 
母は、ホテル九条を国内一に押し上げた伝説の女社長と言われている宗一郎の亡き祖母九条(くじょう)富(と)美子(みこ)に絶対的な信頼を受けていた。

気難く家族にさえ恐れられていた富美子を献身的に支えたからである。
 
万里子の方も富美子に大きな恩を感じていた。まだ一歳になったばかりの日奈子を抱えて夫を亡くし途方に暮れていたところ雇ってもらえたからである。

『あの時は、大奥さまが仏さまに見えたわ』
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