冷徹ホテル王の最上愛 ~天涯孤独だったのに一途な恋情で娶られました~
そんなこと日奈子は思いもしなかった。ノートに書かれてあることは、母が自分に言っておきたいことをただ書き連ねただけなのだと思っていた。

「……もちろんこれは俺の解釈にすぎないが……」
 
そう断ってから、宗一郎はノートから日奈子に視線を戻し自らの考えを口にした。

「俺を好きになってはいけないという言葉は、日奈子のことを思ってのメッセージなんじゃないかと思う」

「私のことを? 九条家じゃなくて……?」

「ああ、もちろん、そういう気持ちもあっただろうが……。万里子さん、日奈子には苦労してほしくなかったんじゃないか。普通の男と結婚して普通の家庭を築いてもらいたい、そう思っていたような気がする」
 
そう言って宗一郎は少し苦しげな表情になった。

「万里子さんは九条家(おれたち)のすぐ近くにいて、旧財閥家というものがどういうものかよくわかっていた。だから……例えば俺と結婚して日奈子が苦労するのを避けたかったのだと思う」

「宗くんと結婚して、苦労する……。まさか……」
 
そんなはずはない、と言いかけて日奈子は口を閉じる。頭に浮かぶのは、宗一郎の特殊な生い立ちだった。
 
宗一郎は、幼い頃からホテル九条を末長く繁栄させるための厳しい教育を受けてきた。その頃から今に至るまで一切、手を抜くこともなにかに甘えることも許されない人生を歩んでいる。
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