冷徹ホテル王の最上愛 ~天涯孤独だったのに一途な恋情で娶られました~
とはいえ、さっきロッカールームで聞いた旧財閥家の娘美鈴の話が本当なら、いよいよそれにも終止符が打たれるのかもしれないが……。
 
そのことを思い出し、日奈子の胸がずきんと痛む。そしてそれ自体に大きな罪悪感を覚えた。
 
彼を好きになってはいけない、だから傷ついてもいけない。
 
ノートに書かれてある母の言葉を守ることで、母亡きあとの生活をなんとかやってこられたのに、ノートの言いつけを破ったら自分の心がどうなってしまうのか、わからないから怖かった。
 
唇を噛み母の言葉を指で辿る。
 
自分の中の彼に対する恋心を自覚したのは、高校生の頃、当時すでにホテルマンとして働きはじめていた彼が、街で女性と一緒にいるのを目撃した時だった。

はじめて感じるチリチリと燻されるような胸の痛みに、彼に対する気持ちが家族としての親しみではないと気がついた。

同時にそれが許されないことだともわかっていて、気がついた瞬間に押し殺した、今から思い出してもつらい出来事である。
 
そしてその想いは、年を重ねるにつれて重苦しいものになっていった。
 
もともと少し口うるさい兄のようだった宗一郎は、母の死を期にさらに過保護になった。母を失い一時はなにも食べられないほどだった日奈子を心配してくれたのだろう。
 
当然、日奈子が九条家を出ることにも大反対だった。

ここから嫁に行けばいいと九条夫妻も言ってくれたけれど、それでも日奈子は屋敷出た。

彼のすぐ近くで妹のように大切にされた状態では、彼に対する恋心を押し殺すことができなくなっていたからだ。
 
会う機会を減らして自分の中で彼以外の世界を広げ、彼に対する気持ちが家族愛に変わることを期待して。
 
……でもそれは今のところあまりうまくいっていない。

「わかってる大丈夫だから、お母さん。私は宗くんを男性としては好きではありません」
 
写真の中、静かな眼差しでこちらを見つめる母に向かって、日奈子はそう呟いた。
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