冷徹ホテル王の最上愛 ~天涯孤独だったのに一途な恋情で娶られました~
日奈子は、去っていく男性の後ろ姿に頭を下げる。
 
この時間にひとりで夕食を、ということはビジネスで日本を訪れた客だろうか。

せっかく日本に来てこのホテル九条を選んでくれたのだ、少しでも快適で思い出に残る時間を過ごしてほしい。

そんなことを考えながら日奈子はまた背筋を伸ばす。

たとえ隅にいる客でも助けが必要な客がいれば見逃さないようにロビー全体に目を配る。
 
ホテル九条は、日本で最も格式の高いホテルのひとつである。

外国の要人を迎えることもある日本のおもてなしの最高峰とも言うべきホテル九条のフロントに立てていることが誇らしい。
 
しばらくするとエントランスの向こうの車寄せに黒い高級車が停車して、背の高い男性が降り立った。彼はそのままロビーの中に入ってくる。
 
織り模様が入ったダークグレーのスーツに同じ色のベスト、藍色のネクタイを合わせている。

少し癖のある黒い髪と切長の目、高い鼻梁の顔つきは整いすぎていてやや冷たい印象だ。
 
エレベータの方向からやってきた女性ふたり組が彼の前を通り過ぎる。

その中のひとりが落としたハンカチを彼は優雅な仕草で拾い上げ、声をかけて手渡した。

にっこりと微笑む男性に受け取った女性は頬を染めて礼を言って去っていった。
 
頭のてっぺんから爪の先まで一ミリの隙もない完璧な紳士でありながら、ひとたびロビーに足を踏み入れると気配を消し、さりげなく隅々まで目を配る。
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