冷徹ホテル王の最上愛 ~天涯孤独だったのに一途な恋情で娶られました~
「失礼な、恋の経験くらいあります! ……一度だけど」
 
そう言って頬を膨らませる。
 
日奈子の初恋はもちろん宗一郎だ。

それを言うわけにはいかないが、二十六歳にもなって恋をしたことがないと思われるのは癪だった。
 
宗一郎が目を細めた。

「へぇ……。いつ?」

追求されて、どきりとする。詳細を話すわけにはいかないからだ。

「えーっと……。その……ちゅっ中学の時……」

「中学……俺が知る限り、そんな素振りはなかったけど」

「そ、そんなの人にべらべら喋るわけがないじゃない。えーと、通学路でよく見かける違う学校の人。そのうち会わなくなってそれっきり」
 
一生懸命考えて口から出まかせを言うと、彼はもう一度疑わしいという表情になったものの、一応納得した。

「とにかく、そういう理由で俺は来た。日奈子、今日の予定は?」

「予定は……とくにない」
 
話題が変わったことにホッとしつつ、気まずい思いで日奈子は答えた。
 
日奈子にとって、休みの日は恐怖だった。
 
母を亡くしてからなにかをやりたい、どこかへ行きたいという気持ちが一切なくなってしまったからだ。

時々、莉子や学生時代の友人から誘われて出かけることはあるけれど、それ以外はたいてい家でひとりで過ごしている。
 
それはとてもつらい時間だった。
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