冷徹ホテル王の最上愛 ~天涯孤独だったのに一途な恋情で娶られました~
「そしたらね、お母さん『あなたには宗くんがいるじゃない』って言ったのよ。『お母さんより優しくて、なにをしても褒めてくれて、こっそりおやつをくれるって、それ宗くんよ』って。そう言えばそうだなって、私も妙に納得しちゃったりして」

「おばあちゃん?」
 
宗一郎が声をあげた。そしてがくっと肩を落とす。

「毒舌だなぁ、万里子さん。せめておじいちゃんがいいんだけど……」
 
日奈子は笑いが止まらなくなってしまう。

「だから私、宗くんに褒められて嬉しいなって思っても、本当かなぁって疑っちゃうの。羊毛フェルトは自分でも満足できていないから、まだまだやるよ」
 
あのオカメインコだってきっと母だったら、『青いアメーバね、上手じゃない』なんて言ったに違いない。それに日奈子は、『鳥です!』と言い返したりして……。
 
とそこまで考えて、なにかが込み上げてくるような心地がして、日奈子は慌ててうつむいた。

「万里子さんのジャッジが厳しいんだよ。まずは日奈子が頑張った姿を見る。そしたら出来栄えなんてどうでもいい気がするけど。羊毛フェルトは好きになったみたいだから、どんどんやればいい……どうした? 日奈子」
 
宗一郎が急に泣き出してしまった日奈子の様子に気がついて、覗き込む。

「大丈夫か?」
 
日奈子は無言で首を振る。自分でもおかしいと思うけれど、涙が止まらなかった。

「ごめ……」

「謝らなくていい、大丈夫だから」
 
優しい声でそう言って、宗一郎が日奈子を抱き寄せた。

「万里子さんを思い出して寂しくなったんだな?」
 
その問いかけに、日奈子は泣きながら首を横に振った。
 
母を思い出したことが涙の引き金になったけれど、寂しい気持ちになったというわけではないと思う。
 
母のことを懐かしく楽しく思い出した、そのことに複雑な感情を抱いたのだ。
 
今まで日奈子は、母のことを自分から口にすることはなかった。
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