冷徹ホテル王の最上愛 ~天涯孤独だったのに一途な恋情で娶られました~
日奈子はそれが怖かった。だから心を凍らせて母のノートにあることだけをこなしてきたのだ。ずっと母と一緒にいたかったから。
 
泣き続ける日奈子の耳に、温かい声が力強く囁いた。

「いなくならない。万里子さんは、いなくならないよ。ずっと日奈子の中にいる。さっきみたいに話をして懐かしく思い出せば、いつだって会えるから」
 
顔を上げると、宗一郎が涙に濡れる日奈子の頬を大きくて温かい手で包んだ。

「身体は近くにいないけど、万里子さんは日奈子の中にいる。日奈子がたくさん笑って美味しいものを食べて生きていくのを望んでいる」
 
宗一郎の言葉を日奈子は頭の中で繰り返す。
慈しむような眼差しを見つめているうちに、そうなのだという思いが心の中に芽生えた。

……母は自分の中にいて、幸せを願っている。
 
はじめて言われた言葉ではない。
 
母が亡くなってすぐ、ご飯を食べられなくなった時に九条夫妻からも宗一郎からも言われた。

でもその時は日奈子の心には届かなかった。ただの慰めでしかなないと反発を覚えたくらいだった。
 
でも今、そうなのだと素直に受け入れる。だからこそ母は青いノートにたくさんの言葉を遺したのだ。

「日奈子、君はひとりじゃない。俺だけじゃなくて父さんも母さんも日奈子を大切に思っている。だから生きることを怖がらないでいい」
 
宗一郎が言う。
 
これも何度も言われた言葉だった。
 
九条家を出ると決めた時、三人ともがそう言って日奈子を強く引き留めたのだ。
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