冷徹ホテル王の最上愛 ~天涯孤独だったのに一途な恋情で娶られました~
でも日奈子はその言葉に背を向け続けてきた。それは宗一郎から離れたかったということもあるけれど……。
 
——もう一度考えてみようかと日奈子は思う。
 
亡くなった母の言葉と、今そばにいる人たちの言葉を。
 
この動き出したこの心で。
 
もちろん母の言葉の意味は変わらない。それは動かしようのない事実なのだ。
 
——でも。
 
母は自分の幸せを願っている。
 
少なくともそれは、ノートに書かれてあることだけをこなし、抜け殻のように生きるということではないはずだ。
 
今日一日のように笑って過ごすことなのだ。

「宗くん、ありがとう。もう大丈夫」
 
そう言って日奈子は、そっと身を離す。
 
宗一郎が心配そうに日奈子を見つめている。

「泣いてしまってごめんなさい。でも大丈夫。私、宗くんが言ってくれたこと、ちゃんと考えてみるね」
 
微笑むと、宗一郎が少しホッとしたように息を吐いた。
 
そして、もう一度日奈子をギュッと抱きしめてから、帰っていった。
 
静かに閉まるドアに鍵をかけて、日奈子は部屋へ戻る。
 
チェストから母の写真と青いノートを取り出した。

「お母さん、私、今日一日すごく楽しかった。これは悪いことじゃないでしょう?」
 
写真の中の母が穏やかな眼差しで日奈子を見つめている。
 
写真をチェストの上に置き、しばらく考えてからノートは再び引き出しへしまった。
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