グリーンピアト物語り ~光と愛~
病院のロビーは暗く、誰もいなかった。
白衣を着てカルテを手にしたイーシスが歩いてくるのが見えた。
彼女は今日、長い髪を後ろできれいにまとめていた。
顔はマスクで隠されていたが、髪をまとめた姿は非常に上品で魅力的だった。
イーシスが歩いてくると、突然、ドン!と誰かがぶつかってきた。
「ごめんなさい…」
ぶつかった相手は床に転んでしまい、イーシスは手を差し伸べた。
「その声は…イーシス先生ですか?」
床に転んだ人がゆっくりと手をついて顔を上げると、「こんばんは」とニコッと笑顔でルキアスだった。
「皇子様、どうされたのですか? こんな時間に…」
「すみません、眠れずにうろうろしていました。ここはどこですか?」
イーシスの手を借りて立ち上がったルキアスは、目を凝らして周りを見ようとした。
「ここは病院の総合受付ロビーです」
「え? こんなところまで来てしまったんですか」
「一人で来るのは危険です。部屋に戻りましょう」
「はい、それでは病室まで送っていただけますか? 無意識に歩いてきてしまったので、帰り方がわかりません」
戸惑いながらも、イーシスは答えた。
「わかりました、送ります」
ルキアスは嬉しそうに微笑み、「ありがとうございます」と言い、右手を差し出した。
「手を握ってもらえますか?そうでないと歩く方向がわかりませんから」
「はい」とイーシスは素直に手を握り、ルキアスはその手をしっかりと握り返した。
そして、二人は歩き始めた。
特別室から総合受付ロビーまで、かなりの距離がある。
ルキアスが一人で歩いてきたのは、階段を使ったのか、エレベーターを使ったのか?
10分はかかる距離を、目が見えないルキアスが一人で歩いてくるのは危険だ。
そんなことを考えながら、イーシスは特に会話をせずにルキアスを病室まで送り届けた。
病室の前で立ち去ろうとしたイーシスは、目が見えないルキアスを放置するわけにはいかず、ベッドまで誘導した。薄暗い中で何かあれば大変だからだ。
「ありがとうございます。助かりました」
イーシスの手をしっかり握り、ルキアスは笑顔で感謝の言葉を述べた。
「もう一人で歩かないでください。明かりも消えていますし、危険です。何かあったら、ベッドのボタンを押してください。看護師がすぐに来ますから」
「わかりました。もう大丈夫ですから、安心してください」
「それでは、失礼します」
イーシスは手を離し、立ち去ろうとした。しかし!
グイッと強く引っ張られ、何が起こったのか一瞬理解できなかった。
ハッと気づいたら…
ベッドに押し倒されていた。
な…なに?
驚きで頭が真っ白になったイーシスに、ルキアスが静かに覆いかぶさってきた。
「先生、どうして僕を避けるんですか? 」
「え? 」
ルキアスの言葉に、イーシスは我に返った。
「今日は先生に挨拶したくて、院長に頼んだんです。でも、断られました」
「そうでしたか…」
顔を近づけるルキアスは、見えない目でイーシスをじっと見つめた。
「違いますよね? 」
「え? 」
「外来対応で忙しいというのは、嘘だったんですよね? 僕に会わないように、そう言ったんですよね? 」
「そんなことは…」
ルキアスにじっと見つめられると、イーシスは目を泳がせた。
「先生。鼓動が早いですね」
ギュッとイーシスの左胸を掴んだルキアス。
「外来の対応をしていたのは、きっと本当ですね。でも時間がなかったわけじゃない。…この時間まで病院にいたのは、調べ物でもしていたようですね」
「どうして? 」
「わかりますよ、だって先生。呼び出し用の携帯電話を、持っていないじゃないですか。もし、当直か何かで残っているならちゃんと持っていないとだめじゃないですか」
あ…そんなことまで分かるの?
すっかり驚いているイーシスのすきをついて、ルキアスは白衣のボタンをはずした。
「ちょっと、何をするのですか? 」
「だって、もう仕事じゃないでしょう? じゃあ、白衣は脱いでいいはずですよ」
スルッと、まるでマジシャンのように白衣を脱がされてしまったイーシス。