ヒーローは間違えない〜誰がために鐘は鳴るのか〜
「専務、今度こそは退職させて下さい!あのモラハラ親父、絶対に許せません」

このセリフももう5度目だ。

遠い目をする気にもなれない。

それは5年前に始まった。

ヒカルが前社長に引き抜かれて、他社から移って来てからというもの、直属の上司となった田島から、訳のわからないモラハラめいた苦言を受けるようになった。

『調子に乗らないでよね。社長もちょっとあんたの顔が好みだけだっただけなんだから』

『引き抜かれて来たって聞いたけど、ふーん、その程度なんだ?』

『何やってんの!勝手にそんなことして誰が得するんだ!馬鹿にしてんの?』

奴は突然キレる。

前触れは···ある。

表情から最近ようやくわかるようになった(わかりたくなんてなかったけど)。

直前にあった嫌な出来事のせいで誰かが犠牲になる(そんなの自分のせいで誰のせいでもないのに)。

奴(田島)は前社長の初恋の人の弟だった(知らんがな)。

60歳になる年の高校の同窓会で再会した初恋の君に『リストラされて困っている弟を助けてほしい』と頼まれて、詳細も確かめずにデレデレと承諾してしまったらしい。

しかし、採用してしまったのが最後。

これがとんでもない不良物件で、リストラされるのも納得の俺様だったのである。

前社長に唆されて?騙されて?今の会社に入らなければ、ヒカルの人生は順風満帆だったはずだ。

ヒカルの父と前社長は、いわゆる幼馴染みというやつで、昔、ヒカルの父の会社が立ち行かなくなった時に、立ち直るための資金を融通してくれた恩義のある人物でもあった。

幼い頃から慕ってきた優しいオジサマで、実家の家業の恩人でもある前社長の窮地に「才能のあるヒカルちゃんの力を是非貸してほしい」と、頭を下げられては断ることができないのは当然だった。

『上司が仕事をしない無能』という話は、仄めかし程度には聞いていた。

そんな上司は、前職場にもいたから慣れてはいる。

しかし、ジワジワとメンタルを削いでくるいわゆる“モラハラ野郎”だとは聞いていなかった。

知っていたら転職なんてしなかったし、普通ならとっくに辞めている。

そう、前社長が末期がんで病に倒れてさえいなければ···。


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