先輩 (短編)
「俺はさ、後輩。…臆病なんだよ」
知ってるよ、びびりだもんね、先輩。
「失いたくなかったよ」
じゃあ、なんであの時、私の手を離したの?
「卒業おめでとうって、口で言ってほしかったな」
いってるよ、ずっと。
ほら、もっと近づいて。
耳貸して?
「……おめでとう、先輩」
声が出しづらい呼吸器の中、私は先輩に伝える。
「うん…ありがとう、後輩」
うん、でも私もう行かなきゃ。
もう、心残りはないよ。
「なぁ、いくなよ、後輩」
普通は逆だよ先輩。
今日は後輩が先輩に行かないでって言う日だよ。
「ごめんね、先輩」
歪む顔、震える唇。
ごめん、ごめん。
ねえ、先輩。
「『抱きしめて』」
先輩が、ゆっくり私を包む。
私の形、私の匂い、私の温もり。
全部全部覚えといてね、先輩。
「…夏祭りどーすんだよ」
どーしよっか、、浴衣着てさ先輩と手繋いで行きたかったよ。
「…手術、受けてよ」
…受けても、助からないよ。
ごめんね、先輩。
私は最後の力を振り絞ると、先輩の頬を緩く撫でた。
ねぇ、先輩。
まっててね。
「後輩」
先輩の声がした。
「おかえり」
ふにゃりと笑った先輩に思いっきり抱きつく。
ねぇ、先輩、私たくさんのことがあったの。
伝えたいこと、話したいことがたくさんあるよ。
84歳も生きたんだよ、たくさんあるよ。
ねぇ、先輩。
「ねぇ、先輩」
「なぁに、後輩」
「あの日とあの日、助けてくれてありがとう」
事故をした日、手術を悩んでいた日。
「当たり前だろ」
「うん、ありがとう」
「長かったからひまだったけど、ここからみる後輩もおもしろかったなぁ…」
「うわ、変態。警察??」
「やめい」
ねぇ、先輩。
久しぶりだね。
これから、なんの話をしようか。