鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される
二月上旬。
粛然とした空気が張り詰める和室に、向かい合う形で座る伊織と栞那の父(毅正 五十五歳)。
結婚承諾の挨拶に実家を訪れ、栞那の母親が来るのを待っている。
別居している栞那の母親(昌代 五十二歳)は、仕事で少し遅れて来ると連絡を受けている。
「今日はお忙しい中、お時間をつくって頂き、有難うございます」
「……話は娘から聞いている」
厳格な性格だということが、雰囲気から伝わって来る。
栞那は夕食の出前を頼んで来ると部屋を後にし、和室に取り残された二人。
これまで多くの人と関わって来た伊織でも、さすがに恋人の父親となれば緊張の度合いも違う。
「娘から聞いていると思うが、うちは夫婦仲がいいとは言えない。一人娘だったこともあり、私も極端なほど溺愛したつもりだが、それが娘にとっては不要なものだったようだ。男親なんて、小さい時にしか関われない。だからこそ、ありったけの愛情を理想に形に収めようとしてしまった。今思えば、もっと自由にさせてやればよかったと後悔ばかりが残る」
「栞那さんにそのまま、伝えたらいいと思います。お互いに誤解したままでは、後悔は募る一方かと」
「……そうだな」
毅正は緑茶を啜る。
「私には家族らしい家族はいません。事実上はいるのですが、幼い頃に捨てられ、それ以来、家族と呼べるのは祖父だけでした。そんな私が、栞那さんと出会って、家族という形に夢を見させて貰ってます」
「君が幼い頃に苦労した分、娘は幸せになるだろうな」
「そうできるように最善を尽くします」