鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される
伊織は正座を正して、栞那の父親に深々とお辞儀をした。
「人生は長い。両親と過ごす時間よりも、夫婦で過ごす時間の方が遥かに長い。子供が生まれても然りで、自分と過ごす時間は、その子供が選んだ相手と過ごすよりも短い」
「……」
「子供の成長は大人が思っている以上に早く過ぎ去るものだ。その一瞬一瞬が、どんなに高価な宝石よりも輝いている」
「……」
「何が言いたいかというと、……人生という長い時間の中で幸せは一瞬だということだ。だからこそ、その一瞬が愛おしい」
「……はい」
「人生は倖せを繋ぎ合わせたもの。どうか、娘の倖せな時間が、少しでも長く続くように力を貸してやってくれ」
「はい、お義父さん」
眉間に深いしわが刻まれていた毅正の顔が、緩やかに解ける。
目尻は下がり、顎にできた梅干し型のしわが消え、口角が緩やかな弧を描く。
「遅くなってごめんなさいっ」
スッと開かれた襖の奥から現れたのは、すらりとした女性。
目鼻立ちがはっきりとしていて、栞那によく似ている。
「二十年ぶり?……覚えているかしら?」
「はい、ご無沙汰しております」
二十年前にあの病院で何度か見たことがある栞那の母親だ。
栞那から話を聞いているのだろう。
優しい笑みを浮かべながら、お茶を注ぎ足してくれる。
「お母さん、涼玄(近くの老舗寿司屋)でよかったんだよね?」
「あっ、そうそう。話はしてあるのよ」
「アルバイトの人が電話口に出たから、心配になって」
「大丈夫よ。昨日もお邪魔して話したところだから」
「それならいいんだけど」
母親を追うように和室に戻って来た栞那。
話に聞いていたほどギスギスした感じではなくて、伊織は少し安堵した。