鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される


「悪い、急な電話が入って…」
「いえ、大丈夫です」

撮影現場を見学した日の夜。
社長といつものように待ち合わせをしていた。
いつもは先に待っている社長が、今日は珍しく十分ほど遅れてやって来た。

「今日、撮影現場に来たんだって?」
「あ、……はい」
「一日中現場にいたんだけど…。声掛けてくれればよかったのに」

どういう意味合いで声をかけろと?
個人的な契約をしている仲だから?
栞那には、どう考えても声をかける理由が思いつかない。

友人でもなければ、恋人でもない。
所詮、上司と部下。
ただ単に現場を見学している技術者が、わざわざ社長に声をかけるだなんて、出来やしない。

それに、恋人が目の前にいる状況で声をかけれるほど、空気が読めないわけでもない。
あんな風にスタッフがいる中でも堂々とラブラブしてるのを邪魔なんて出来ないのに。

「美人な恋人と会話されてるご様子だったので、お邪魔するのは無粋かと思いまして」

口にして、ハッと気づいた。
嫌味を口にしてしまったと。

明らかに嫉妬だ。
別に好きでもなんでもないのに、ほんの少しだけ他の人より近しい間柄だと勘違いしていた。
仕事上の関係だと、あれほど割り切っていたのに。

恋人以外に決して見せぬ姿を見せているからなのか。
栞那にとって、伊織が特別な存在にでもなったかのように思えてしまっていた。

「どういう意味?」
「へ?」
「だから、さっきの言葉、どういう意味で言ったのかと思って」
「どういうって……」
「誰と勘違いして言ってるのかは分からないけど、恋人はいないよ」
「ッ?!……そ、そうなんですね」
「つくる気もないしね」

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