鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

社長に恋人がいようが、いなかろうが関係ないのに。
“つくる気もない”という言葉に、胸に何か鋭いものが刺さった気がした。

社長の恋人になりたいと思っているわけじゃない。
どう考えても釣り合わない。
そうじゃない。
恋人でもないのに、あんな風に優しい眼差しを向け、女性の心を弄ぶような態度に傷ついた気がしたんだ。

見るからにモテるだろうし、口説かなくても女性の方から寄って来るだろうし。
下心があって、あーいう態度を取ったのではないのだろうが。

社内で“鬼社長”と言われていても、会社以外での顔を垣間見たからなのか。
僅かにだが、栞那の心には“誠実な人”のように映っていた。

ありえないような契約を持ち掛ける人物だが、下着姿の女性が目の前にいても、仕事上での伊織しかいなかったからだ。

撮影現場でのYu@への言動も仕事上だったのかもしれない。
それでも、人前であんな風な優しい眼差しを向ける人ではなかったはずなのに。

いつでも冷徹で鋭い視線を浴びせるような人物だけに、栞那の心は掻き乱されていた。



「今日はなんだか、機嫌が悪いな」

高級寿司屋で夕食を済ませ、伊織の自宅に到着したのだが、栞那の表情は曇ったままだ。

「そんなに気になるのか?」
「え?」
「成海が見た、……恋人に見えた女性との事が」
「……べ、別に、そんなことは…」
「じゃあ、何だ」

ソファに腰掛けた伊織が、栞那の手首を掴んだ。

「社長も、あんな優しい眼差しを向けるんですね」

気持ちを確かめるような視線を向けられ、掻き消さなければならない言葉が勝手に漏れ出していた。

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