鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される


『部長、すみませんっ』
「いいよいいよ、大丈夫!それよりも、しっかり療養して、万全の状態で復帰してくれれば」
『……はい、すみません』

SEの杉山くんが昨夜急性の虫垂炎になり、今朝病室から連絡を受けた。
手術は無事に済み、数日間の入院が必要になったと。

杉山が抱えている大きな案件を栞那が引き受け、それ以外の小規模の案件を部署内で手分けすることになった。
栞那は通販会社『KICKS(キックス)』を担当している杉山の代わりに、KICKS本社へと向かう。

午前十時半、少し前。
七階にある小会議室に案内され、担当者が来るのを待っていると。

「……栞那?」
「ッ?!!……先輩?」
「おっ、やっぱり栞那だ!」

部屋に現れたのは、大学時代の元彼・及川(おいかわ) 功輝(こうき) 三十歳。
二つ上の先輩で、半年ほど付き合った歴代彼氏で言うと、最終彼氏。
この及川と別れた後は恋愛から遠のき、今年で八年目に突入している。

『いい女だと思ったのに、見た目だけなんだな』
栞那に鋭利な言葉を突き刺した張本人だ。

「担当の杉山が療養のため、暫く不在になりますので、御社の担当は私、成海が引き継がせて頂きます」
「ん、今朝杉山さんから連絡貰った。成海ってことは、まだ結婚してないんだ?」
「個人的なご質問にはお答え致し兼ねます。それでは、これまでの契約内容の再確認と、今後の予定を確認させて頂きます」

栞那の元に歩み寄ろうとした及川を、あくまでも取引先というスタンスで対応しようと冷静を装う。
栞那はこっぴどく振った相手に、今さらなれ合うつもりはない。

栞那は机を挟むように位置取りし、依頼内容の確認を始めた。

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