鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

木川田さんが慌ててその場を後にした。

急に静まり返る室内。
片付けをする音が妙に響く。

「栞那」

切ない声音で手首を掴まれた。

「この後、時間あるか?」
「……ないです」
「フッ、つれないな」
「先輩とはもう終わってる関係ですから」
「先輩後輩の付き合いなら、酒でも飲めるだろ」
「……」
「奢るから、一杯付き合えよ」

はっきり断ればいいのに、何故だかは分からない。
あまりにも切ない声音に絆されたのか。
少し前に謝罪されたからなのか。
彼との関係をというよりも、あの時の言葉の整理をつけなければならないと思ってしまった。

まだ心の奥に突き刺さったままのあの言葉を。

「分かりました。だけど、安いビールじゃ嫌ですよ?」
「ハハッ、お前、言うようになったな」
「男社会で生き抜いて来たので、それなりに」
「じゃあ、後でメールするな」

仕事上、連絡先を交換せざるを得なかった。
この仕事が終わったら、速攻で削除しようと思ってたのに。



十九時に退社し、先輩と待ち合わせし、タクシーで高級料亭に到着した。

「普段、こういうお店によく来るんですか?」
「ん~まぁ、接待で……かな」
「へぇ」
「ここ、結構美味しい日本酒置いてて、料理もかなり旨いんだよ」
「そうなんですね」

奥座敷のような個室に通され、コートを脱ぐ。

お店の人と話す先輩の横顔は、私が知らない大人の雰囲気を纏っていて、離れていた八年の月日が彼をこんな風に変えたのだと実感した。

旬な素材と新鮮なお刺身、色鮮やかな天ぷらと上品なお吸い物。
どれをとっても頬が落ちるほど美味しいし、彼が言うようにお料理に合う日本酒に魅了された。

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