鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

「三井に頼まれたのか?」
「……はい」
「置いたら戻っていい」

窓際に立ち、外を眺めている社長。
振り向きもせず、声だけで私だと判断したようだ。

けれど、いつになく声が鋭い。
鬼魔の言霊のような怒りに満ちた感じではなく、突き放すような鋭さを含ませた声音だ。

珈琲の入ったカップが乗せられたソーサーを静かにデスクに置く。
トレイを手にしてそのまま踵を返し、彼の指示通りに部署に戻るのが筋なのかもしれない。
でも、足底が床に張り付いたみたいになってて、その場から一歩も動けない。

恐怖で足が竦んでるんじゃない。
この場から立ち去ったら、後悔しそうで。

「戻らないのか?」

振り返りもせず、尋ねて来る。

「戻って欲しいですか?」
「……フッ、生意気だな」

鼻で笑った社長が振り返った。

「KICKSの件は、業務中ではないということと、以前からの知り合いという点を考慮して、今後成海と関わらないことを条件に契約続行となった。……異論はあるか?」
「……いえ、ありません」

大手の通販会社というのもあるし、今後関わらないで済むのなら会社にも迷惑がかからない。
年末年始は売り上げの比重も高く、今ここで他社に乗り換えるのは無謀だ。
経営者として、彼なりの決断なのだろう。

「個人的には、今すぐにでも警察に突き出して、法的処置を取りたいところだが」
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「……本当だよ。俺をこんなにも嫉妬深くさせて……」
「へ?」
「どう責任を取るつもりだ」
「……っんッ」

カタンッ、カタカタカタッ……。
少し乱暴に手首を掴まれ、大きな窓に張り付けられた。
手にしていたトレイが手から床に零れ落ちた。

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