鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

彼の手に自分の手をそっと重ねた。
そんな私の行動に驚き、彼の肩が僅かに震えた。

「誘ってるのか?」
「そう見えますか?」
「……俺にはそう見えるが?」
「フフッ……」

やっぱり手練れてる。
数多の女性を弄んで来たに違いない。

けれど、彼は対象外。
彼は恋人を“つくる気もない”と吐き捨てた人だ。

「八年前、及川先輩に『いい女だと思ったのに、見た目だけなんだな』って言われたんです」
「え?」
「毎日のように一緒にいて、それまでも付き合った人はいたんですが、“恋人”と呼べるような存在の人は彼が初めてで。凄く愛されてるものだと思ってたのに……」
「深く傷ついたんだな」

優しく頭が撫でられる。
耳元に落とされる声音もとても優しくて、突然カミングアウトされているというのに、全てを包み込むような温かさがある。

「恋って、何ですか?愛って、どうしたら分かるんですか?」
「恋か、……難しいな。人それぞれ求めてるものは違うし、満たされる幸福度も違うしな」
「……」
「決まったルールも無ければ、正しいという道筋もないのが恋愛なんじゃないか?もっと逢いたいと思うようになったり、ずっと一緒にいたいだとか、喜ばせたいと思い悩むことこそが当たり前で。悩んだり間違ったりしながら、少しずつお互いに歩み寄るものだと思うが」

社長の言葉がスーッと胸に入り込んで来る。

相手を傷付けたとしても、謝って話し合って。
その先を一緒に歩んで行こうとするなら、それが恋愛なのかもしれない。
……私は先輩を許すことができなかった。

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