鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

そんな風に思われていただなんて。

「恋人はつくる気がないと仰ったのは誰ですか?」
「あー、そんなことも言ったな」
「まぁ、それが女性をあしらう手管なんでしょうけど」
「ククッ、……嫉妬か?」
「なっ……しませんよ、嫉妬だなんて」
「すればいいのに」
「っ……、好きでも何でもない相手に嫉妬だなんて」
「気付いてないのか?」
「何を?」
「俺を、好きなこと」
「は?……な、何っ、冗談を」
「冗談なんかじゃないだろ」
「っ……」

耳元に囁かれる甘美な声音。
仄かに甘いムスクの香りが鼻腔を掠め、ゆっくりと拘束する腕が解かれる。

さらっと流れる前髪から覗く煽情的な眼差し。
絡まる視線に、否応なしに心臓が暴れ出し、今にも壊れてしまいそう。

「ここは、……俺を欲しがってたぞ」
「っっっ」

伊織の親指が栞那の下唇を優しくなぞる。

「して欲しいなら、目を瞑れ」

別にして欲しいわけじゃない。
朝からこんな甘いシチュエーションだったとしても。
今ここで彼を受け入れるだなんて。

全てを喰い尽くすような獰猛な視線に囚われ、蛇に睨まれた蛙だ。
目を逸らすこともできず、鼻先が今にも触れそうな距離で白旗をあげた。

………ん?
何も起こらない。

薄っすらと瞼を押し上げると、肩を震わせながら見下ろす社長が視界に映った。

「単純なんだな」
「なっ……」
「お前は隙があり過ぎる。もう少し、危機感を持て」
「っっ~~っ」

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