鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される
「ですが、鍵をお預かりしても、……私には、三井さんが望むようなことは何も…」
「簡単なものでいいんです。温かいご飯や汁物でも用意して頂ければ」
「……」
「ストイックすぎる人なので、この時期になると、どうしても弱い自分を追い込む癖が付いてまして」
「追い込む?」
「トラウマのようなものですが、本人が逃げてるわけではないので、トラウマとは違うのだと思いますが、それでも深刻には変わりないので」
「……」
誰にでも弱い部分はある。
私だって、システム工学に打ち込むことで、苦手なものから目を逸らして来た。
それが、逃げるに値するなら、私は敗者だ。
自分で自分を追い込んで、克服しようだなんて考えたこともない。
大手メーカーの社長という立場だから、逃げずに立ち向かっているのか。
それとも、別の何かが彼をそうさせているのか。
「これはオフレコ第二弾として、胸の内に留めて貰いたいのですが」
「っ……はい」
銀縁眼鏡のフレームをクイっと持ち上げた三井。
眼鏡越しに僅かに切なそうな眼差しを向ける。
「ご祖父様の深い愛情はありましたが、ご両親様からの愛情は殆ど触れることがなかったお人です。家庭の温かさをあまり知らずにお育ちになり、かなりご苦労された方です」
「ッ?!」
「なので、市販のお茶漬けで構いません。たった一杯の温かい物を差し上げて頂けないでしょうか?」
社長から専属契約を持ち掛けられた折に、彼のプロフィールは当然調べた。
とはいえ、ネット上に出回っている情報を垣間見ただけだが。
どこにも、病弱だったとか、両親の愛情に恵まれなかっただなんて書いてなかった。
いや、当然か。
大きな会社の経営者の素性だなんて、公になる方が怖い。
いつも澄ました顔で、あんなにも余裕そうな表情をしているから、そんな過去を持っていただなんて。
「分かりました」